駅から出るとすぐ視界に収められるほどの好立地に
建てられた高層階マンション。

そこの最上階にエルは暮らしている。

指揮者の父とピアニストの母の元に生まれたまさに
音楽のサラブレッドだ。

足首を痛め精神的にも憔悴していたエルを僕は自宅まで送ると申し出、今そのエントランスにいる。

道すがら、少し落ち着きを取り戻したエルはこの三ヶ月に起こった出来事を僕に話した。

それらを勿論僕は全て知っていたけれど、エルの口から聞かされるのは格別の思いだ。

「お忙しい中ですのに本当にご迷惑をお掛けしました。どうかまたお礼をさせて下さいね。」

エントランスで佇んだエルが力なく微笑む。

部屋まで送るよ、という言葉を飲み込んで心配している顔を作る。しばらくの間、送迎をかって出ることを僕は決めていた。焦るな、僕。ゆっくりゆっくり。

「槐さん、良かった会えて。お届け物を預かっていますよ。」

口を開きかけた時、管理室から老人が包みを持って出てきた。

エルの表情が途端に強張り僕の背に隠れるように一歩後ずさる。

「あぁ、僕が受け取ります、いいね?」

エルは小さく頷く。

管理人は僕を彼氏と勘違いしたのか、微笑ましそうににっこりと微笑んで部屋へ戻っていった。

包みはずしりと重く、形状からして大判の図鑑のような本だと予想する。差出人の明記はない。

赤字で『 槐   エル 様 』と書かれた紙が貼り付けられている以外特に目立った物はない。

「、、、中を、確認しようか?」

エルは瞳を震わせしばし逡巡した後でまた小さく頷いた。

エルに背を向け、中身が彼女に見えないように工夫して梱包を解く。

僕の贈ったものではないから本当は何の配慮も要らないのだが、彼女の手前警戒しているフリを装った。

包みは厳重で三重に渡りきっちりと梱包されていた。

ちっ、手間のかかる包み方をしやがって。

心の中で舌打ちしながらなるべく丁寧に開けていく。

やっとその中身を認めることができた時、僕の手は止まった。

背筋に冷たい汗が流れる。

重厚な合皮の表紙、その重さ、ゴテで焼き付けたようにタイトルが凹凸する佇まい。

僕はこの本を知っている。

長年手に入れようと探し回っているが、発行部数が少なく絶版されているため、見つけたとしても手の出る価格ではないのが現実の代物。

数多の拷問法と器具、そして実際の拷問写真が生々しく掲載された僕のような人間にとっては幻の書物だ。

幼い頃に通った図書館で何度も頁をくった本。
今はもう一般閲覧が出来なくなってしまっている。

タイトルを指でなぞりながら僕は静かに戦慄していた。

「、、、◯×△さん、どうかされましたか、大丈夫ですか」

耳元でエルの声がする。

僕はハッとして後ろを振り返った。

「お顔が真っ青ですわ。どうぞ、少し休んで行って下さい。」

鼻先が触れそうなほど近くでエルが僕を見つめている。

彼女の澄んだ瞳に、僕の姿がくっきりと映し出されていた。