リサのこと。(ADHD・ASD・躁うつ・健康・美容・ダイエット)

リサのこと。(ADHD・ASD・躁うつ・健康・美容・ダイエット)

場面かん黙、双極性障害I(躁うつ病)発達障害、ADHDとASDを患っているリサの正体を綴ります。
この文章が誰かの役に立つちますように。
躁のときは好きな美容など明るい話題を書きます。

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なぜ隣のマンションに?!

 

現在住んでるマンションは築40年のボロボロ。

 

じゅうたんから、キノコが生えてきました。

カビが原因で、いろいろな家電が壊れます。

 

ガスも古くて一番熱くしてもぬるい。。シャワーが寒い。

 

 

 

 

 

ベランダ側のドアがとても開けづらく、カギがかからない。

なんと畳が腐って黒くグチャグチャになっている。。。。

 

という最悪のシチュエーションなので、本当はリフォームしようとしてたけど、それなら状態の良いマンションに引っ越したほうがいいという母の意見あり、隣のマンションに空き物件出てたので心の中ではもう引っ越し決めた。

 

温泉の付いているマンションで、駐車場付き。

そりゃ隣でも引っ越す原因になるよね、、、と自分を励ましています。

 

今、自閉症スペクトラム傾向のある私は、

小さいころに比べるとだいぶ自閉症の症状が楽になりました。

年齢を重ねるごとに症状は和らいできているようです。

 

オキシトシンとは

 

個人輸入でオキシトシンの液状のものを購入、舌下に垂らして体に吸収させます。

 

 

オオサカ堂で購入しています。

 

 

 

東京生まれ、育ちのわたしは、東京以外に住んだことが無い(留学を除く)。

すべての常識が、忙しく、せかせかして、電車で好きな時間にどこへでも行ける、物価が高い(特に飲食店)。

まだバリバリ働いてた時です。IT関連会社で正社員。

 

3年前、地方に引っ越しました。

海の前のリゾートマンション、家族の持ち家です。

40年前のオンボロで、夏だけ親せきが日帰りで海の家として使ってました。

 

こちらでは生活保護が受けれず、障害者年金と親からの援助で暮らしてたが、

1年前、短時間働いています。事務作業を週5日。

 

やっと人の援助なしで暮らすことができています。

 

とにかくこの海の町は、時間の流れがゆっくりで、人々はあいさつ、雑談を交わし、東京から来たわたしは最初ギャップについていけなかった。

 

職場は、車で往復2時間。とにかく満員電車に乗らなくて済むというのは、大きな大きなストレスが無くなりました。

そのほかにもたくさん、肩の抜けるような心身ともにゆったりに包まれる。

東京で苦しかった症状もかなり楽になりました。

 

将来この物件にずっと犬と猫と暮したいんだけど、親の介護で東京の実家に戻る日が来るのかなと。

※写真が横に出来ない、、、スキルのないわたし。。。

子供の頃からやせ型で、大人になってからは体重48kgをキープ。

いくら食べても太ったことは無い。服のサイズはMかS。

 

しかしっ、10年ほど前からブクブク太りだし、お恥ずかしながら現在80kg、服のサイズ3XLか4XL。

 

自分の中では、太らない体質(だった)というのが、深層心理から消えなく本格的なダイエットをしたことがありません。

3か月前からサラダ生活(昼食以外はサラダ)をして、身体の調子がちょっと良くなったというか軽くなった。

でも体重は変わらず。。。

 

太った原因は確実に抗うつ剤。そしてそれにかまけて食事・や運動をせず。

医者に言わせれば、「これは太る副作用のない抗うつ剤です」と処方されても太る太る。

 

食事は人並み以上は食べないのだけれど、太る、太る。

 

食事制限や特に運動が嫌いなので、このお正月は断食生活をする!

 

80kgクラスになると、断食くらいしないと大きく体重が減らないという私の思い込み。

 

今、ファスティング中の酵素ドリンクを飲むべきか、水だけにするか迷い中。

だって酵素ドリンク、、、高い!

 

 

 

 

 

とりあえず1回目の断食なので、正月休み中でいったん辞めて様子を見てみる予定。

仕事が始まると、就業中になにかしら影響がでないかと心配だから。

 

ここ数日良い酵素ドリンク検索中。

 

いったい体重は減るのだろうか。

いったいまず、断食が続くのだろうか、、、正直自信がないなぁ。

でも固い決意を持って取り組みます!

 

断食中の変化、断食後の体重を、また記事に書きます。

 

断食すると頭と体がすっきりすると聞くから、処方薬の利き方も変わってきそうなのは要レポート。

 

 

 

 

ここ数年、いろいろなことがありました。

 

自己破産

生活保護

住居管理費のトラブル

千葉県の田舎への引っ越し

在宅で仕事を始める

作詞というかポエムというか、、書き始める

ギターを習うことにした

タトゥー2カ所(左薬指にlove、耳の後ろの頭蓋骨の部分にdestiny)

およそ100万円の借金

 

どこから書いていけばいいか、、、

 

リサ

ふと思い出した。(ここからは自慢です....}

わたしは幼稚園のとき、子役モデルをしていた。

覚えているのは

編み物の雑誌、洋服が2パターンありもう一人の女の子の衣装が欲しくて、ワンワンギャンギャン泣いたこと。どうしても私に似合う洋服は、もうひとりの子のものと認識していた。


もうひとつは、本当かどうかと思うが、あの時代、JRならぬ国鉄のポスター。
おじいちゃんの肩をたんとんたんとん。背が足りなくて、厚い電話帳の上に乗ってたたいたのをおぼえている。


ちゃんとプロダクションに所属していて、姉妹そろって青山でスカウトされたそうだ。


中学のとき、友達にさそわれてティーン雑誌の読者モデルとなった。
撮影所まで半分子供が迷わず行くのはたいへんだった。

雑誌の担当の方が、ティーンモデルをインドカレー屋でご馳走してくれた。
はじめてのインドカレー。カレーは母のカレーしか知らなかったので、急に大人になった気がした。確かラッシーを飲んだような。大人を感じた。


高校・大学は活動せず。

総合商社に就職してからは、読者モデルの話がまわってきて、「○○雑誌の撮影があるから来れない?」という具合JJやCanCanに、10回以上出た。出版社の差し金が会社に潜んでいる。

たとえば「商社女子のお買いもの-イタリア編」とか。
大量の何かしらのブランドの洋服を持っていき、一緒に撮影したり。

私が大手の会社に勤めていたから、モデルの話がまわってきた。

30歳くらいまで続けました。

美魔女にも、、、2回戦で落ちました(笑)

美容整形したのはモデル活動終わってからです。何か関係ありそうだな。

もともと静かでおとなしく、一目に出るのも苦手なのになぜ出たのだろう。
わたしはほぼ、ナルコレプシー(眠り病)だ。

いつでも眠い、会社にいるとき、家、眠くないときはない。

そのうち、食事しながら寝てしまったり、会社でも発作的にグーグー寝てしまったり。

少しは知識があったので、ナルコレシピーの検査を受けた。

頭にじゃらじゃら計測器をつけて、1日目はそのまま寝る、ここでレム・ノンレム睡眠とか無呼吸症を調べているようだ。

2日目は頭にじゃらじゃらつけたまま、5回に分けて寝て起きる。そのときの何かが、ナルコレプシーとそうでないかを分ける。

わたしはこの検査で最後の1回だけが正常だったため、ナルコレシピーと診断できないとのことだった。

明らかに症状は出ているのに、この診断を信じなけらばならない。

しかしたいへん困っているので、ナルコレシピー診断をうけずに、薬を買って服用している。

ナルコレシピーの薬は最初よく効きます。

朝1錠、昼1錠、全く眠くならない。夜は飲んでいないので、しっかり眠れる。
しかし、今は耐性が出てきたので、朝4錠、昼2錠、夜眠れないとアブない量になってきた。

減らさなければねば、現在療養中のため早く治して働く(眠さを感じずに)ためにも。

しかしながらこの薬は高い。日本で買うと1錠500円。


なぜわたしは8回も整形を繰り返すのだろう。


「美」に対する執着心は人並み以上だろう。そんな人たくさんいる。

素敵な、洋服、バック、靴も人並み以上に持っている。


私にとって美容整形の手術は、20万円のエルメスのスカーフを買うようなもの、、、だろう。


ちょっと頑張れば手に入る。お財布はちょっと痛い。手術もちょっと痛い程度で済む。

100万円のバーキンは買えない。自分には無理。だったら手頃な金額の美容整形で、さらに美の価値があるものが手に入れる。

これで美の執着心を満たすことができるのだろうか。

ふつうの人は、親からもらった自分の顔で人生を過ごす。
わたしは親からもらった、顔、体を傷つけながらカスタムしながら、さらに良いものを求める。

両親はデキの良いイイ子のわたしを受け入れて、場面かん黙で学校で話せないなどマイナスな部分は受け入れてこなかったと思う。
わたしはかわいい子を受け入れさせたかったのだろうか。

わたしは躁うつ病のおかげか、仕事がうまくいかなくなり2年で退職するという悪い面をもっている、そうしたら、小さいころから”かわいい子”としてのわたしが、仕事の悪い評価をもっている子をカバーして、両親に受け入れつづけてほしいと願っているのか。

さらに

わたしは躁うつ病、場面かん黙というダブルの障害を、自分から隠し続けるため(両親と自分がいい子を受け入れるられるように)、美容整形で美くしさを手に入れる行為を繰り返しているのか。

また親にかわいい子で受け入れ続けてほしいのか。

わたしは自分の悪い部分(病気)を両親に隠し続けるため、かわいい子(美容整形でカバーして、仕事の部分も)でいなければ、両親から見る私のポイントは上がらなく満足させてあげられなくなるのであるのかな。



深い。
小学校6年間、ずっと見続けてきた悪夢がある。



モノトーンの世界、真っ黒な校舎、灰色の校庭。

ガイコツの騎士が黒い旗を振り、ガイコツの馬が騎士を乗せ大きな羽を羽ばたかせる。

学校の上空をゆっくり羽ばたいている。時々校庭にも降り立つ。

延々と続く。



そんな夢だ。なにか危害を加えたりしてこないが、小学生の私は毎日怖い夢を見る。


この夢を見ている間に、たくさん願う、明日は大洪水で学校が休みになってくれないか、
大地震で学校が休みになってくれないか。


そしていつもと同じ朝が来る。家を出た瞬間にかん黙のスイッチが入る。
2014年12月クリスマスあたりから、うつが出始めて「明日が来なければいい」と毎日願っていました。

それはうつは、どんどん深くなり1月2月とMAXに。

お風呂に2か月入れなく、歯磨きも顔洗うのも着替えるのもできなくて、食料調達にも行けなくて、便通も月に1度でした。

何もせずに頭を抱えて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて。

3月になんとか病院に行けるようになり、薬を変えてもらいました。

アメルは私には良く効きました。
(しかし耐性ができてしまったようでだんだん効かなくなってきました)

私にはアモキサンとアメルが効きますが、だんだん効果を発揮しなくなってきます。

アモキサンは太るので、女子としてはコレもうつの原因になります。
(わたしは20キロ太りました)

ただ薬の量が多いので、副作用も勘弁してくれというくらいすごいです。
だいたい1つのものが2つに見えて、どちらが本物かわからない。
コップは二つに見え、一人は二人に見えて、外に出ると道路はどんどん向かってきて、街路樹は目の前でムクムクと育っていく。頭痛、気持ち悪いなど身体の異常はなし。
こんな感じです。

狂気な世界。

先生に伝えたところ、薬の量が多いので仕方ないとのこと。


そんな重いうつから始まった今年は、4月にしてようやく軽躁です。
普通という時がありません。

だいたいこのブログを書いているときは、躁か軽躁です。

ただいま病気に理解のない親の援助をうけ、一人暮らし中(場面かん黙で実家で話せず、実家に帰りたくないのです)。

仕事ができるようになるのは、いつのことやら。

早く普通の人間になりた~い!