とてもとても忙しかったです。
訳あって、今後の自分がどうとか言ってられないくらいやらねばならないことに追われていました。
でも、極端なのは変わらなかった。
どこまでも自分の脳みそが司令塔だということに
やや疲れを感じ始め。
友人にはわたしはどうも愛情表現が下手くそだと言われ
ならばもしわたしがわたしに真っ当な愛情表現かますなら
一体どんな感じだろうか、とか思ったりしました。
愛情って。
貧血気味なわたしにほうれん草の胡麻和え作ってくれる母的な
ああいったものなのかな。
どのようなものを捉えて考えれば良いのか、さっぱりですが
この一ヶ月ほんとに忙しすぎて、ちょいちょいエモーションが爆発してました。
言葉でなにか訴えないと察してもらえないということに関して
辟易することがわりと多いんですが
これはほんとは間違ってるのかもしれません
わたしは、伝えること、口に出すことで
誰か傷つけないか心配で
なにか見えないものを孕んでいないか心配で
だから本音はあまり言いたくない
およそ角の立つことばかりになる
でもじぶんの気持ち分かって欲しいなんて
矛盾してるのかなー
察してほしいことを口に出すことって
わたしにとっちゃ野暮で
恥ずかしくて
無駄で美しくないもの
でも口に出さないとわからないことのほうが殆どだ
心療内科の先生は
いつもいつも天気の話を始めにするけど
あれの意味も時間があって先生がどうも思わないのであれば突っ込んでしまいたい
どんなことがあっても一生懸命に出来る人は輝いている。
いくら鈍くても時間の配分がモッチャリしてても
まっすぐな気持ちは伝わる
でも機嫌ってそんな瞬時に治らないので
だからあとあと、
残って輝く
そのひとの手のひらに、みんなが喜んで金の粒をのせていくわけではない
ある日、過ぎ去った日、時間に
誰かの中に眩しい残影をうつす
人間って…
おもしろいんですかね。笑