かわいい顔してあのコ、割とやるもんだねっ と、

って歌があったなぁ。 

ノリピーが薬物使用で逮捕って・・・・・

あるんだね。イメージと現実のギャップを

まざまざと世間に見せつけた。




この乖離ということは、テレビニュースの中の世界だけでない。

身近にもよくある話だ。

企業のCMが打ち出すイメージとその内情、

よく知っているはずの人の彼氏が、なぜ??って感じだったり・・・


この乖離にイチイチ驚くこともなくなった。

人の、自分の外向きに発信するイメージは、


基本的に用意された自分自身が作り出したもの。


自分自身が作り出したものなんだけど、それは自分自身とは少し違う。


自分の作り出したい姿は、今の自分自身よりも少しカッコつけた姿だから。


それって、自分を偽るってことじゃないと思う。

それって、向上心なんだと思う。

それって、大事なとこだと思う。


ただし、程度と勘違いの問題はクリアにする必要がある。



携帯を初めて買ったのは、もう10年も前か・・・
確かDoCoMoのF501で、i-modeが初搭載されたモデルだったな。

あの時は、液晶も白黒(バックライトがオレンジ)で、
メールも誰が使うんだ?電話なんだから、電話しろよなんて言ってたけど、
この10年でメールは完全に普及したし、
インターネットはテレビ以上に生活の中に溶け込んだ。
ネットは確実に僕らのライフスタイルを変えた。

こんなことって結構他にもあって、
テレビは50インチのプラズマだし、車はハイブリッド、
どんどん形態を変えていく。

じゃ、10年後はどんなことになってるんだろう?

テレビは、有機ELスーパーハイビジョン
車は電気自動車、インフラはまだかな・・・・
携帯は今のパソコン以上の処理能力
ロボットの家庭への普及

確かに、今の姿を10年前に想像できたかって言われれば、
こんなの普及すんのか?って感じでプリウスや液晶テレビを見てたよな。

時代は進む。
一方で、変わらないものは?
本能的な無限の欲求だろう。

無意識の本能ってヤツは途轍もなく強力に人間を突き動かす。

字を見れば、人となりが分かるような気がする。
丁寧さや精密さは、上手い下手とは別問題だ。

自分の書いた字をみて
文字の大きさ、バランス、行の傾き・・・・
そんなことを感じずにはいられない。


他人に見られるということを認識しているのか、どうか?
あまりにザツい書類をみると、
まるで、結婚したあとに、身なりを気にしなくなる主婦を連想してしまう。
内容への影響は、言うまでもない。


” マメ で ザツ ”
これが、意外と厄介な性格。

背反しているが、ほとんど人が抱える性格だと思う。
この二つを使い分けながら、
上手くバランスをとりながら、
自分をコントロールしてるんだろな。
コントロール??? むしろ無意識なはずだ。


意識して丁寧。        無意識に丁寧。
          ⇒ 
無意識でザツ。         意識してザツ。

理想像はこれだと思う。





性格を修正するのと、物理的なダイエット。
どちらが難易度が高いんだろう。
ん?
どっちも、結局は ” 意 志 ” の問題か・・・








何を確認すれば、それが間違いないと言えるのだろう?
物事を証明するには、その事象を可能な限り分解して、
その最小まで分解された一つ一つを検証するしかない。

技術って、そんなことの積み重ね。
例えば刑事が犯罪を証明するのに証拠や証言を集めて回るのに似ている。
どんな仕事でも、この積み重ねって作業は同じなんだろうな。
往々にして、面倒と感じることも多いが・・・・

他の仕事を選んでいたら?って考えてみる。
内容は違えど、この積上げって悩みは付いて回ると思うんだ。
技術、営業、サービス等々、いろんな仕事があるけど、
きっと仕事である以上同じなんだと思う。


他の仕事、会社を選んでいればよかったのか?って聞かれたら、

答えは ” NO ”

やっぱ ” NO ” だわ。
結構、単純な話なのかもしれない。

繰り返しなんか全然ない暮らしをしてるはずだぜ!ハニー!!
ってB'zが歌ってたな・・・

確かに違うんだ。
だけど、その違いってのは非常に微妙で、
逆に変化が過ぎるように感じてしまうときは、安定させようとする思考が働くはず。

結局、自分自身がどうしたいのか?
これが全てを決めるんだと思うんだけど、
自分を動かす強烈なモチベーションを維持することは結構難しい。
自分がこうなりたいっていう、緻密に具体的なビジョン。
イメージなんて言葉は、緻密でも具体的でも無い。必要なのはビジョン。
これが、見えていない。描けていないんだろな、今は。

こういうこと自体がまず、イメージ的であるという矛盾を抱えながら、このブログを始めてみよう。