ニューヨーク。

 



それは世界の中心。

この街で様々な物語が生まれ、
そして毎日のように誰かがこの街から脱落する。

そのマンハッタンからすると、ブロンクスは異次元の未知の世界だという。ブロンクスは、マンハッタン島からスパイテン・ダイヴィル川、ハーレム川運河、ハーレム川を隔てて北東に位置する。

有名な施設といえば、ニューヨーク・ヤンキースのホームグラウンドであるヤンキー・スタジアム、そしてブロンクス動物園がある。

またヒップホップ、ブレイクダンスが生まれた地だ。

その昔、マンハッタンに住んでいた頃、日本人からブロンクスを車で案内してほしいと依頼を受けた。

当時の私は、その依頼を断った。ブロンクス、あそこは危険すぎる。そして長年の知人であり、ツアーガイド会社を経営するトミー富田さんにも頼んだが、回答は同じだった。

「危険すぎて無理だねぇ」

今、住むこの場所は、まさにそういうイメージのブラックホール。世界中のどこからか旅行にやって来て、まず足を踏み入れたくないエリア。

しかし今、ニューヨーク中で転々と住んできた20年の経験からすると、ブロンクスほど落ち着ける場所はない。

ここブロンクス、サウスブロンクが私と子供達にとって、もっとも安全な地域に思えるのだから、住めば都という言葉に嘘はないと感じる。

あなたも、ここブロンクスに来てみませんか?

エキサイティングな時間が過ごせるかもしれないし、そういうチャンスに恵まれないかもしれない。

 

 


我々は未来のためだけに駆けた。

将来掴むべき幸福のためだけに、昭和の時計は回っていた。

小学校の校舎。

わたしたちは、大きな校庭をなんの疑いもなく駆け抜けた。

たくさんたくさん教えてもらった。

それはわたしたちの未来のために・・・。

激動の昭和日本の日々を送った少年期。


そして今、わたしはまさにその未来にいる。


結局のところ、わたし達が学んだもの、欲しかったものは何だったんだろうか? 


日本という国だった。夏の空には入道雲が堂々としていた日本という国。

あの日、大人と呼ばれていた人達。

彼らは我々にいったい何を教えたかったのだろうか?

皮膚を溶かすほど容赦のない真夏の太陽。その抗いがたい燃える日差しを跳ね返すほどの勢いで、あの日わたし達は旅に出た。


いま、我々が残したものを振り返る。

我々は何をした?


生きることとは意味が死んでしまうことなのか?

 

人生とは、幸せの表現のことをいう。

 

 850万人からなるニューヨーク。その内の130万人が、ここブロンクスに生息する。
 我々が滞在していたホームレスシェルターは、Third・アベニューの170丁目。残念ながらここのアヴェニューは、この六十年間、退化するこることしか知らない。
 コンクリートも、木製の電柱も、車も、何もかも、ことごとく全てが深く深く傷つけられている。60年間、そして近年、さらにこの四年、さらには“この一年”、人と街は、ニューヨークのごく一部の、ごく少数の餓鬼畜生どもの手によって蹂躙され続けてきたのだ。
 この汚染され尽した空から降る、汚れきった雨にずぶ濡れになりながら、それでも赤子は乳をせがむ。それはまるで、空から母の涙が降っているようだ。独房の街で、ただただ待つ人々。先頭のものが最後になり、最後の者が先頭に立てるミラクルを・・・。そしてここには、諦めよりも以前に、何も無い・・・。
 もう失望もしない。面倒だ。社会? 社会の仕組みなんぞにはかけらの興味もない。興味をもってどうする? 社会とは住む場所によって、星の数よりも存在する。しかし、いつかは燃え尽きる。あまりにもあっけなく。世の中というモノがどこまでもインチキでバカバカしいものなのかを知っている。社会を知りたければ簡単なことだ、この地域に来さえすればいい。そう、ここに全てある。
 
 我々日本人家族のホームレス生活は、一瞬の間を置いただけで、猛スピードでスタートをきった。
人間は、実はデジタルよりも完璧だということを知った。
 捨てられた街に投げ捨てられたあの時、
そこには辛さを感じる秒針など、存在する場所がなかった。
明日を追いかけることはできなかった。
常に明日と3日後が迫ってくるからだ。

 アンダークリフ通りを川の方向に階段おりていくと、セゼェウィック通りがある。実はここは世界的に知られた通りなのだ。1970から1980年中盤にかけて、世界の音楽業界はこのスラム通りから発信される音楽に熱狂したのだ。ラップだ。この通りにたつ1652低所得者団地から世界を揺るがすショットが放たれたのだ。
ラップの名付け親である、クールハーク氏の手によって。
彼は、ジャマイカからきた移民だった。

 おれもそもそも移民であり、もちろんここだけではよそ者だ。ただし、そのよそ者を超えるガッツと信念さえあれば、魂は人と人を結ぶものだ。

 さあ、やってみようじゃないか。