多くの ADHD患者にとって、自分が ADHDだという認識を持つのはいつごろのことだろうか?筆者自身が認識したのは、コンサータが市場に出るほんの半年ほど前のこと、社会人になって既に10年以上が経過していた。
ADHDという病気について知り、診断を得たのは最近のことだが、明らかな自覚、違和感ははるか昔からあった。
とにかく、大抵の物事が人並みにこなせない。約束が守れない、片付けができない、板書などもってのほか。しかし、興味のあることには徹底的に突っ込み、そのため成績は科目別の出来不出来が極端に分かれる子供だった。主治医にも言われたが、アスペルガーの要素もいくらか混じっていたようだ。
学生生活をそこそこ楽しめたのは小学生までで、中学以降は地獄だった。
平坦な地獄。
しかも、時が経つにつれ、それはどんどん厳しさを増してゆく。努力をすれば、いつかは報われると思っていた。しかしそれは、ほとんど根本的な改善を見せぬまま、実に30年以上にわたり続いたのだ。
ADHDであることで、失われることはなんだろうと考えてみる。一番は、自尊心であろうと思う。自分の場合は、そうだった。
常に周囲の批判の目にさらされて過ごす毎日。それは、自分の中にある人としての存在の根本をなす何かが、少しづつすり潰されていくような日々だ。そこには肉体的ではない、しかしはっきりとした痛みがある。
学生時代から、自分は明らかにおかしいと感じていた。もし誰かに、お前は脳に障害があると言われれば、自分は怒るどころか納得し、安堵さえしただろう。しかし、そんな日がやがて本当に来るとは、当時は思いもしなかった。
ネット上で ADHDという病気について知り、ある確信と希望を得た私は、最寄りの心療内科を訪ねた。ドクターは十数分の問診の後で、あっさりと診断を下した。
不注意優勢型 ADHD。
テストや検査の類は一切無かったのだが、ネットの掲示板などで読む限り、普通はそれなりのプロセスを経るもののようだ。 ADHDの診断経験が豊富で、ドクター自身がADHDであると言われていたのも、関係があるのかもしれない。ともかく、その時の私は、人生の中で初めて自分の本当の名を教えられたような気分だった。
診断の後で最初に処方されたのは、ストラテラだった。その時、MPHはまだ認可されていなかった。
ストラテラは、 MPHのような中枢神経刺激型ではない、現在我が国で手にはいる ADHD治療薬としては MPH以外の唯一の選択肢だ。
MPHにしろストラテラにしろ、これから服用するかも知れない人に言いたいのは、効果や相性にははっきりと個人差があるということだ。同じ薬でも人によって効き方も違うし、副作用の現れ方も違う。
ちなみに私には、このストラテラは全く合わなかった。ぼんやりとした効果、改善の兆候は見られたのだが、それよりも副作用が酷かった。具体的には、胃のむかつきがおさまらず、一日中、不快な気分で過ごすことになった。一度は見えた希望に、再び暗雲がたち込め始めていた。私の話を聞いたドクターは言った。
「もうすぐ新しい薬が認可されますので、試してみましょう。リタリンの徐放剤です」
リタリンの名は、それ以前から知識としてあった。大学時代、不安神経症にかかり心療内科に行っていた頃、重度うつ病の知り合いが教えてくれたのだ。曰く、「一個で気分がスカッとする。合法の覚醒剤みたいなもの」
・・・ MPH反対派の人が泣いて喜びそうな話だ。ちなみに彼の主治医は、うつ病に対しては絶対に処方してくれなかったらしいが、10数年前でも、そういう認識をされていたことがわかる。そんな薬を、まさか自分が飲むことになるとは思いもしなかった。昔、彼に対して抱いた怪しむような感情、それを今度は自分が、他の誰かから受けるのではないかという恐れがあった。
最初に処方されたのは、コンサータ18mmだった。
変化は、飲んでから一時間もしないうちに現れた。一般的に、精神科で処方される薬というのは、効果が現れるまでにけっこうな時間、場合によって数週間かかるものが多い。しかし、これは違った。
現在、開始から約三年が経ち、27〜54ミリを使い分けているが、 ADHDに対して得られた効果をざっと記す。
*集中力の向上
もともと、集中力が無いわけではなかった。ただ、あまりにもムラが大きく、それを修正することができなかった。服用後は、好きなことだけではなく、基本的に興味の無いことでも、必要な時は集中できるようになった。
*取捨選択
上記の、集中力に関係するかもしれない。何か特に気になることがあっても、やるべきことに注意を向けることが容易になった。無駄に過剰な集中力が削がれたということかもしれない。物事の段取りをつける力が、以前よりましになった。
*失言の防止
言ってはいけないことを悪気なく言ってしまう、つい批判的なことを無自覚に発言し、誰かを怒らせる。それを直そうと意識しだすと、会話に集中できず楽しめない。
自分の中で、おそらくこの部分の変化が、最もわかりやすくありがたかった。今でも完璧ではないが、かなりコントロールが容易になったと思う。
他にも、細かい変化はいろいろあるのだが、やはり一番の驚きは「長年に渡って膨大な努力によって改善を試みていた、しかし変わらなかったこと」が、一つの化学物質によってあっさりと直ってしまったということだ。そして直った今でも、じゃあ自分の中で一体何が変わったのかは、自覚も説明もできない。ただ、変わったのだ。脳の奥の目に見えない部分が、ある日突然つながったのだ。すごいことだと思う。
MPHは、薬としての相性が合えば、個人差もあるがとても大きな効果を生む。それは、私がこれまで経験してきたことだ。
しかし、もちろん良いことばかりではない。劇薬が劇薬と呼ばれ、これほど厳重な処方管理がされるのは、それなりの理由がある。そこには、ある種の覚悟も必要かもしれない。
副作用、耐性と依存の問題。
次回は、その辺りについて、感じたことを書いてみたい。