嫌なことから逃げるのは私の悪いところ。

目を背けて、見えないフリ、聞こえないフリ。

記憶の中からも、排除しようとしちゃうの。



次の日、私は普段と何ら変わりのない生活をおくった。

昨日のことは、もうその時になったらでいいやと考えるのをやめた。

そうしたら妙にすっきりして、一日中笑っていた。

そして帰り、ついにその時が来てしまったんだ。

私が一日中、記憶の隅のほうに置いて、忘れようとしていたことが。



「今日、用事あって帰り車なんだ。それに私、日直で遅くなるから先帰ってていいよ。」

「んー分かった、じゃあ帰るね。」

「ごめんね、また明日ー」

そんな会話をして教室を後にしたのが約10分前。

そして今の私は、また別の人と話をしている。



ひとりで校門をくぐるのはひさしぶりだった。

みんなの「またね」が飛び交う場所を抜ける。

「先輩!」

人が少なくなったところ。

そこで後ろから声をかけられた。

「校門出て行く先輩みて追いかけてきたんですよ。あ、で、どうですか?返事。」

振り向くと、あの彼。

やっぱりかわいらしく笑っていた。

私は硬直して何も言えなくなってしまった。

「今日、でしたよね?」

彼が、晃輔くんが言う。

私はただ、うなずくことしかできなかった。


どうしよう…


その一言が頭の中を巡るばかり。

私、どうしたらいいんだろう。

その間も、晃輔くんは変わりのない顔で見つめてくる。

何か言わなくちゃいけない、と思って私は口を開いた。

「えっと「ねぇ、先輩。」

私が話しをはじめると同時、彼が私に言葉を重ねてきた。

「先輩じゃないや、美香さん。そんな泣きそうな顔、しないでよ。」

そう言って、彼が私を抱きしめる。

「やっ、ここ、道・・ 人来るよ。」

「別に見られてもいいよ。俺なら美香さんのこと、泣かせないよ。」

そう言ってまた、腕に力を込めてくる。


私が悪いの。

しっかり答えを出せないでいる、私が。


何もできない、言えない私。

「美香さん、どうするの?何も言わないなら、いいって思っちゃうよ?」

「勝手なこと言ってんじゃねーよ、馬鹿が。」

そんな声が背後から聞こえて、私はまた別の腕へ引き込まれる。

「美香は俺のなの。お前には早すぎんだよ。ほら、行くぞ。」

「……陸。」

私はそのまま手を引かれ、陸について行く。

早すぎる彼の足についていくのがやっとで、後ろを振り返ることはできなかった。



「なに告白されてんだよ。」

ほとんど人のこない道に入って、陸は足を止めた。

少し息を切らす私。

「……別に、人の勝手じゃない。」

私はうつむいてそう小さく言う。

「それに、さっきの陸も何なのよ。」

「あれは俺だからいいんだよ。」

自信満々にそんなことを言う彼を見て、思わず私は笑ってしまった。

そんな私につられたのか、陸も笑った。


「私、もう陸には何とも思われてなくて、終わりなのかとずっと思ってたの。」

「んだよ、それ。」

「でも、さっきの聞いて、やっぱり私、陸のこと好きだなって思った。また、一緒にいてよ。」

「言われなくても、そのつもりだよ。……あー、もう、泣くなって。」

彼のそんな言葉に、涙は止まらないけど笑ってみせた。




「美香、帰ろー」

「あ、ごめん。今日、陸と帰るから。」

「…なに、元に戻ったの?」

「うん、まぁ、ね。」

「そんな幸せそうな顔しないでよー、うらやましい。」

そう言って、由香が私に抱きつく。

「人の女に手出すな、美香は俺のなの。」

そんな言葉と同時に手を引かれ、由香から離れていく。

振り返ると由香は笑いながら手を振っていた。

そして、隣の彼に目を戻す。

少し不機嫌そうな顔。

「嫉妬?笑」

「そんなもん、俺がするわけねーだろ。」

強がりな、不器用な、そんな貴方が大好きです。



そんな次の日、由香には全部を話して。

晃輔くんにはちゃんと話がしたいからと、2年生の教室までついてきてもらった。

クラスが分からないから、その辺りにいた部活の後輩にきいてみたんだけど

「梅田晃輔…?そんな名前の人、いないですよ?」

「……え?そうなの?」

念のため、他の子にも聞いてみたりはしたけど、やはり、いないと答えられた。






夢だったら、今、陸とこんな関係には戻れていない。

でも、晃輔くんなんて子はいないらしい。


じゃあ、何だったんだろう……?


陸にも話したらこう言った。

「今、幸せだから、それでいいんじゃねえの?どこの誰かは知らないけど、ありがたく思っておけば。」

面倒くさがりだけど、しっかりと考えを持っている。

彼らしい答え。

それに「そうだね。」と私も返事をして、彼の隣を歩く。





私、幸せです。


【Fin】