From a Back Alley

From a Back Alley

The Buffer in the Synopticon

 

 

要するに、体のつくりは僕や諸君といっしょだが、鰐や鮫よりもはるかに凶悪な人間がこの世にはいるということを知ったのだ。

完全な敗北とは、要するに、忘れ去ること、とりわけ自分をくたばらせたものを忘れ去ること、人間どもがどこまで意地悪か最後まで気づかずにあの世へ去っちまうことだ。

何もかも逐一報告することだ、人間どもの中に見つけ出した悪辣きわまる一面を、でなくちゃ死んでも死にきれるものではない。それが果たせれば、一生は無駄じゃなかったというものだ。

セリーヌ著/生田耕作訳 「夜の果てへの旅」(改版)中央公論新社 1978年

 

 

 

 ソクラテスが民主制的リンチに処されるのを目撃したプラトンは、その絶望の淵でイデアを垣間見たのだろうか。現象世界で毒殺された善が、自然の摂理に基づいて超越世界へと昇ってゆくのを見たのだろうか。存在を否定され抹消されたものを、この世界には存立し得ないと知りながらも、それでも追い求めた彼の精神はそのときに生まれたのだろうか。哲人王思想を越えて夜の会議へと到達したプラトンが、その夜の果てへの旅の果てに、無知の自覚と議論を重視するという師の思想に回帰するというのは、なんとも壮大な話である。

 

 日本の政治に僅かながらも変化の兆しが見えてきたのは、選挙によって政治家の首を何度も挿げ替え続けるうちに偶然当たりを引いたからではないだろう。時代を跨いで何が正しいのかを誠実に探究し粘り強く議論してきた人々の努力の賜物であろう。畢竟、それは極めて倫理的な行為である。自らの行いを省みることのない病毒的人間が蔓延る時代にあって、それだけが人を人たらしめるものなのかもしれない。