私の叔父は、西麻布で和菓子屋を開いていたのですが、この夏、そのお店を閉めることにしたという知らせを受けました
先日、そのお店の最終日に、叔父と叔母の顔を見に足を運んできました。

西麻布 『青柳』
渋谷駅からバスに乗り、西麻布のバス停を降りてすぐのところにあります。
私が生まれた頃には、もう開業していて、叔父達がお菓子やさん(和菓子屋さん)
をしているということは、子供ながらに嬉しくて、自慢でした(笑)
受験で合格したとき
には、花びら餅、ひな祭り等の節句
には、桜餅&いちご大福、結婚や出産等のお祝いごとには、赤飯と節目節目に、叔父の和菓子が思い出と共にありました。
私が今までの中で一番落ち込んだ出来事があったときには、叔父と叔母は、段ボールいっぱいに、手紙と羊羹1年分
を送ってくれたこともありました
そんな風に常に身近で、大好き
だった叔父のつくる和菓子
。
それが、もうおしまいだなんて…(。>0<。)


私が一番好きだった最中(右上)
息子のお気に入り桃山(右下)
[しろあんのお菓子です]
星の形のラムネ(左上)、麩饅頭(左下)
最後に、お気に入りの和菓子たちをたくさん買って帰りました
叔父と、叔母は、年齢的にも、お店を営業していくには大変な年齢になってきていました
しかし、叔父と叔母の、お店や、お客様にたいするおもいや、気力で今まで頑張ってきたのだと思います
叔父の手は、長年に渡り和菓子を作り続けてきたため、勤続疲労で、腕の筋の部分に損傷ができているということでした
きっと年齢とかではなく、気持ちはもっとやり続けたかったんだと思いますが、叔父の身体のほうが、もう限界だったのでしょう
大好きだったからこそ、閉店しまうのはさびしいですが、お店の最終日、叔父と叔母の顔をみたら、とてもすっきりとして、素敵な顔をしていました
お店が閉まることをしのぶお客様達が次々にいらしていて、その様子をみていたら、こちらまでジーンとくるものがありました
きっと当人である叔父と叔母は、何十年もやってきたお店を閉めるにあたって、語り尽くせぬおもいがあると思いますが、お店のファンである1人として、一言。
本当に、長年お疲れ様でした

今までも、お店を閉めてしまったこれからも、ずっとずっと、『青柳』と、叔父のつくる和菓子のファンです


先日、そのお店の最終日に、叔父と叔母の顔を見に足を運んできました。

西麻布 『青柳』
渋谷駅からバスに乗り、西麻布のバス停を降りてすぐのところにあります。
私が生まれた頃には、もう開業していて、叔父達がお菓子やさん(和菓子屋さん)
をしているということは、子供ながらに嬉しくて、自慢でした(笑)受験で合格したとき
には、花びら餅、ひな祭り等の節句
には、桜餅&いちご大福、結婚や出産等のお祝いごとには、赤飯と節目節目に、叔父の和菓子が思い出と共にありました。私が今までの中で一番落ち込んだ出来事があったときには、叔父と叔母は、段ボールいっぱいに、手紙と羊羹1年分

を送ってくれたこともありました
そんな風に常に身近で、大好き
だった叔父のつくる和菓子
。それが、もうおしまいだなんて…(。>0<。)


私が一番好きだった最中(右上)
息子のお気に入り桃山(右下)
[しろあんのお菓子です]
星の形のラムネ(左上)、麩饅頭(左下)
最後に、お気に入りの和菓子たちをたくさん買って帰りました

叔父と、叔母は、年齢的にも、お店を営業していくには大変な年齢になってきていました

しかし、叔父と叔母の、お店や、お客様にたいするおもいや、気力で今まで頑張ってきたのだと思います

叔父の手は、長年に渡り和菓子を作り続けてきたため、勤続疲労で、腕の筋の部分に損傷ができているということでした

きっと年齢とかではなく、気持ちはもっとやり続けたかったんだと思いますが、叔父の身体のほうが、もう限界だったのでしょう

大好きだったからこそ、閉店しまうのはさびしいですが、お店の最終日、叔父と叔母の顔をみたら、とてもすっきりとして、素敵な顔をしていました

お店が閉まることをしのぶお客様達が次々にいらしていて、その様子をみていたら、こちらまでジーンとくるものがありました

きっと当人である叔父と叔母は、何十年もやってきたお店を閉めるにあたって、語り尽くせぬおもいがあると思いますが、お店のファンである1人として、一言。
本当に、長年お疲れ様でした


今までも、お店を閉めてしまったこれからも、ずっとずっと、『青柳』と、叔父のつくる和菓子のファンです

