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「ええがなええがな」的ブログ。

友人が正倉院展のチケットを入手して
お誘いいただいたので行ってきました。
滅多に行けないもの。ラッキーでした。
 
正倉院とは…
756年(天平勝宝8歳)6月21日、光明皇太后は夫である聖武太上天皇の七七忌に際して、天皇遺愛の品約650点、及び60種の薬物を東大寺の廬舎那仏(大仏)に奉献したのが始まりである
 
 
布も多く展示されてた。
遣唐使が持って帰ってきたものや
唐の文様を模しているものが多く
唐の影響を大きく受けているのがわかる。
 
「遣唐使が持って帰ってきた]って。
それ多分、第9次遣唐使の吉備真備さんや。
 
光明皇后が書かせたという「写経事業の予算書」も展示されてた。
吉備真備さんの妹の由利さんが書いた写経も
正倉院に保管されているらしいので、関係あるはず。
 
歴史上の人物で、小説や伝記、ドラマでしか知らなかった人が
そこに「物証」が現存するだけで現実味を帯びてくるので
なんだか感慨深い。ひとりで興奮してしまう。
 
蔵の中に散らばっている布きれや紙きれなどを
一つずつ集めて再現させるという
気の遠くなるような細かい作業を長い年月をかけて
完成させていただいた職員さん方にはほんとに感謝しきれません。
 
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ひとしきり正倉院展を堪能して
グッズコーナーで図録とお香を買ったあと
お昼に柿の葉寿司と三輪にゅうめんを食べてから
東大寺に向かいました。
 
東大寺の大仏が建立されるまで、
実は知られざるドラマがあります。
大仏開眼(かいげん)っていうNHKドラマを
参考にさせていただくと。
 
始まりは、真備先生の遣唐使仲間である玄昉(僧侶)が
「唐で見た、山ほどのでかい廬舎那仏。
あれを日本にも建てるんじゃ!」って
大きな夢と野望を抱いていたのがきっかけ。
 
遣唐使から無事帰国した真備先生は
称徳天皇の娘、阿部内親王(後の称徳天皇)の
家庭教師を任せられます。
ある日、内親王から祖母で聖武天皇の生母でもある
藤原宮子の病気について相談をうけます。
「わしは学者であって医者ではない」と一旦は断りますが
玄昉が「わしは病気を治せる」って言うので、
橘諸兄経由で玄昉を紹介します。
 
玄昉は、宮子の病気を呪法祈祷により回復させつつ
「ほら~、廬舎那仏が見えますよ~廬舎那仏~」って洗脳。
 
病が治ったので
「じきにお部屋からお出になります」というので
聖武天皇がお部屋の前で出待ち。
 
ところが、長時間待ってもなかなか出てこないので、
真備先生が捕まります。
 
「出る出る詐欺かよ。このまま出てこなかったら
玄昉を紹介した貴様を殺すぞ」
と仲麻呂に脅されますが、
ギリギリのところで宮子さんがお出まし。
35年ぶりに天皇との母子の再会が叶います。
 
NHKドラマなのでさすがに触れられていませんが
玄昉はこのとき宮子さんと密通してたと噂されています。
光明皇后とも密通の噂が立ってます。
なんか、お盛んだったようです。(笑)
 
お手柄玄昉と、玄昉を紹介した真備先生が
時の大臣である橘諸兄に気に入られ、それぞれに昇格。
かわりに太宰府に左遷された藤原広嗣が
二人を恨んで乱をおこします。
 
それに乗じて藤原仲麻呂がどさくさ紛れに
朝廷に乱を起こそうとしてたところ
真備先生が単身で仲麻呂邸に乗り込みストップをかけ
見事仲麻呂を丸め込む
 
天皇は広嗣対策で平城京を出て
橘諸兄の地元に遷都。
権力争い(長屋王の変)、天然痘(藤原4兄弟の病死)、
地震、貴族の反乱、貧乏、民の疲弊…
相次ぐ災難になすすべなく
「朕は無力なり・・・」と天皇が嘆いているところ
今度は母が息子に「廬舎那仏を建てるのじゃ~」って洗脳。
ついに天皇は、仏教の力で国を護ろうと大仏造りを命じた。
 
だけど、とてもじゃないけど材料も費用も人件費も足りないので
真備先生は最後まで建立に反対してたんだけど
聖武天皇は行基さんに
「優婆塞全員僧侶にするので何とかご協力賜りたい」と直接交渉。
そして行基さんとその仲間たち(優婆塞)のおかげで
大仏建立が実現した、
というお話
 
玄昉は…
藤原仲麻呂(恵美押勝)に陥れられて夢かなわず。
阿部内親王の異母弟で藤原の血が流れていない安積親王を
仲麻呂の命で毒殺したけど、実行犯として責任を負わせられ、
太宰府に飛ばされる。間もなく仲麻呂の手下
(広嗣の乱の残党説もあり)の手によって
最期を迎えるのです。
 
エネルギッシュではあったようですが
素行が悪かったようですねぇ・・・
 
仲麻呂ハラタツわ~。
この時代の藤原家の人全員キライ。
そもそも元祖(鎌足/豊璋)から大キライ(笑)
 
東大寺の廬舎那仏。
台座である蓮弁と膝の一部は天平創建当時のものだけど
それ以外は大々的な修復と補作が何度も繰り返されてきて
現在のお顔は4代目だそうです。
 
 
 
置物かと思ったら生きてた。
 
 
鹿の鳴き声!