なんでだかわかんないんだけど
失恋ソング
たとえばコレ、さっぱりわからん
なんで辛辣な思いをわざわざ何度も表現して世に広めないといけないのか
「まれにみる大失恋ソング」とか
「せつないラブソングです♪聞いてください♪」
ってコメントも意図がわからないー
コレ聞いてせつなくなってねってことか?
聞いてみたら、ただ悲しいとかせつないとか
安っぽい言葉を羅列している歌い手のただのそのまんまの、
ひねりも文化も芸術も美術も盛り込まれていない、
ただの感情じゃないのよ
普通の状態からわざわざせつなくなってどーするんだ
生きていれば普通に大変なのに
新聞なんか読んだら、世界の蠢く陰謀でわんさか湧いているっていうのに
なんで曲聴いて短絡レベルにせつなくならんといけないのだろう
自分のいつかにあてはまって、情感がのるということか?
そんなの自分に陶酔してるだけじゃん
人ってせつないことが好きなのかな?
薄悲しがる状態ってかっこいいのか?
仕事がはかどるのか?
好きな人をもっと好きになれるのか?
うまいご飯を作ろうって思えるのか
もしそれが本当だったら誰か教えてほしい
わたしの中に、それはない
救いのないことをして、どーするんだ、と私は言いたい
ただ悲しい、と言って、あれっ、曲は終わりですか?
それだけだったのですか?といいたい
それでは、無責任な占い師と同じだよ
「アナタ、今の彼とはうまくいかないわ、やめときなさい」
なんて、言葉の大爆撃だよ
だからこういう努力をしようと言う、救いの何もない
なんのための人との関わりなのか、わけが分からなくなる人が、増えるよ
救いのない言葉を発する人は多い
逃げ道をのこしてあげない怒り方をする人も多い
直し方を知らないのに、壊し続ける人や物事は、とても多い
それはほんとうに、やめてほしい
「人って不幸が好きですからね」
と、ラジオのパーソナリティーが言ってた
コレも、さっぱりわからない
人は、他人の不幸が好きだと言いたいのか
まさか自分の不幸が好きという人はいないよね
他人の不幸話を聞くのは、楽しいってことか
ずいぶん、人として寂しい話だよね
聞いてもいいが、聞くことも出来るが、
そういう人がいたっていいが、
本当にそんなことが心から楽しくて、つい求めてしまうようだったら、
自分の核心がそんなのだったら、人として終っていいよ、もう
そんな友達も居ないし、いらない
「ハッピーな曲って、つまらないんですよね」
とのたまうシンガーがいた
確かに、なんとかとなんとかのコラボ今回で終了!とか、
むせかえるような、おかわりのいらなくなるようなハッピーソングもある
それは、上記に書いた世に出回っている失恋ソングと作り方が同じで、
ひねりもなく言葉の深さも感じられないそのまんまソング、そういうのもある
幸せの押し売りも、カナシミの押し売りもいらない
しかし、
ハッピーがなくてどうするんだ
世に出た表現者が、「それでも前向いていこう」と言ってくれなきゃ、
歌の喜びもないだろうに
散々な演歌ばっかり歌ってきた坂本冬美は、いまどういう歌詞の曲で、再ブレイクしているというのか
つまりはこんな話題は、ヒマだということだよ
大地震なんかあったらば、
こんなこと言ってないよね