おいおい!


http://www.1101.com/samishii/index.html



糸井さんのおもしろいなぁ


そうだなぁ


わたしもOなので


「いつもさみしい」うんうん、いつもさみしい、もっとかまって


という意味合いで


「いつもさみしい」に一票


でもこれ2004年なのね


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やっぱりまとわりつく、

この感情「寂しさ」

わたしの人生全般に暗雲をもたらす


何があってもまとわりつく


普通のさよならすらできない


また会えるのわかっているのに

恐ろしく計り知れなく怖さがつきまとう

・・・そして、そんなこと誰にも言えずに耐えてやりすごしている


病気ですか?


そーですね、病気でしょう!




高校生のときのトラウマもあります。

大好きな友達4人泊まりに来て、帰っていったあと

なんだかえもいわれぬ不安にかられ、

日は沈み(実家は田舎だから)サミシイ静けさの中、

夜にやっと帰宅してきた母親をみて

「人だ、ああ、しかも知っている人だ、ありがたい」

と家族にまでそんな感情になりホッとするも、

そのときの母親は鬼のように冷酷な仕打ちをー・・・


おお、やだやだ。



わたしにはやく家族ができるといいな

それか開業してしまえ!


さみしい人は、いろんなことをする。



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ひとってね、


疲れているときや、

不服、不満の始まり、

その時に、

すこし。愛情をもらえば、簡単に回復するものですよ。


すべての不平不満の始まりは、

愛情の水槽がレッドゾーンの水位になったからです

きっとそうだよ

愛が足りなくなったから。


すこしの気持ちで、誰かが元気になったり

怒りが簡単に静まったりするのなら

あちこち見回して

タダの愛情送ればいいよね

大好きな人だったら

重くない程度の、たっぷりの愛情を送ればいいよね



お疲れ様

君はとっても頑張っている!

本当に、本当に頑張ってる!

私はずっと、見ていますよ、いつもありがとう!

あああ

あせっています

いいい

胃の調子もきっと、そのうちおかしくなるかも

ううう

動きだすんだ、ふりしぼって!

えええ

得ぬものは、ないぞ、すべて肥やしとなる!

おおお

女の底力、見せてやれ!・・・誰に?

かかか

感動というものが、見えなくなると人はカスカスになる

ききき

気持ちのこもった、魂こもった作品で、感動をうみだすことだ

くくく

熊出没のニュースに惑わされてばかりじゃいけないよ

けけけ

京浜東北線に乗ってさ、

こここ

今度、どこか行こうよ



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この前新聞で見たけど、

たしかハンガリーだったかの首相

女性でオシャレで、骨格が違う

たいした意識はなくともステキ

どこに出してもはずかしくない

白いスーツも、自然で小粋でレンポウさんみたいではない


それにくらべて

なんなんだろう

にほん の せいじかさまたち


っと、まぁそんなことはどうでもいいのですが

わたしの大切なものが遠くから帰ってきました

うれしいのですが

事情があり

まだ再会できておりません


その大切なものは

人気があるのでいつも他のところにあって、

一ヶ月のうちの隙は2回か1回くらいあるようで

その時に、かろうじて会えるくらい


この夏は3ヶ月も見なかったよ

大人気でてんてこまいでひっぱりだこでおおばかやろーだ

手放せば

ああそうですかと

かんたんにもとのさやに収まりに行くでしょう

どんなにラクかもしれません

でもしません

どんな壁も谷も乗り越えたい

わたしがあきらめたら、

かんたんに終ってしまうのだ

こちらのためでもあちらのためでも

常識のためでもなく、

自分の成長のために

乗り越えるんだ


自分が成長できれば事態はどうでもいいのだ


11月の巨大なイベントに1ヶ月をきり、

毎日焦るようになってきた

でも具体的な行動も起こせるようになって、

時間配分も考え、自宅アトリエでも、忙しムードに拍車がかかってきてる


忙しくなったということは

具体的に事が進んでいるので、なんだかホッとする

悩んで動けない、より100倍、いい。


それと同時に他方面の異業種から、声をかけてもらえるようになってきた

心からありがたいこと

最後に残るのは、自分の核なのだな、とやはり思う


今は、たいせつなものは別なところにあるかもしれない

わたしという存在は2の次3の次の、都合のいい草引き当番かもしれない


しかし、そんなわたしに人が追従できないものは、センスだ


絶対に奪えないものは、センスだ




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秋の長雨か



このブログが、たとえば、半年とか放置されていたら

わたしは自殺してしまったんだと思っていただいてかわりないでしょう


今までの文面の流れからいって

このままだと

肌につんざくような悶絶の結末の足音が聞こえます


たまに明るい話もする

それもやばい


長く生きているのに、一分一秒、

未来に希望や明るさの兆しが、隙もなく持てない、というのが

実に実に、いけないことだよ

希望がない

幸せになれる希望がない


これ、なんとかならんものでしょうか

辛い、苦しいを体中に満たして、なんとか日常をやりこなしているだけって

プツッと、小さな刺し傷でもできたら

破裂してしまう


神様とか、目に見えないものに向かってしまう人も、全否定しないでいただきたい

凡人には経験していない壮絶な境地を、具体的に端的にわかりやすく話せ、なんて言ってはだめです

それでも、なんとか生きていこうとしているんですから・・・

http://musicmovie.blog48.fc2.com/blog-entry-4854.html

これはいい

元気がないときは、

クリスタル系さんですね


系さんにも、いろいろな曲があるけど

「軽く明るく前向きで楽しい」が、強力に強調された、(それを清々しいと言う)曲をたくさんお持ちです。

歌われています。だからスキです。


こういう曲がひとつもないミュージシャンは、なにがやりたくって

アーティスト活動しているのか、魅力はなんだろう、と思うし、

ファンにならんね。


このPV

ファッションもダンスも、少し崩しているから、なおさらいい。

踊り子たちの個性も、ポジションも笑顔までも、いい。

男子の笑顔は、なんだこりゃ!と、2度見してしまうほど、役に立っている。

クリスタルケイのファンは納得ですわ・・・

心から、納得です


元気がないとき、人は簡単に落ちてしまう厄介な仕組みだから、

そうなった時や、そうなりそうな時、

この曲をエンドレスで心ににじませたら、いい



でもって今も、助けられた、ケイさんに・・・!

涙ふいて、わたしも行こう

寂しさ隠してる場合じゃないよね

また、会いたい人に会えるまで、その日まで、

胸張って生きていかなきゃ、相手にも失礼というもんだ、

涙には、先がある

雲間から、必ず太陽が見える、


今日は十五夜だけどね



友達が鬱になった


みんな、紙一重だ


必死で必死で、平気な顔して、生き抜いている


わたしもたいへんだけど

大切な友達のことを思うと、心が痛む

遠くに居る友達でもう何年も会ってないけれど

どうして

何もしてやれなかったかと思う

自分のことで精一杯になって、大切なものがだんだん壊れていきそうになるのを

気づいてあげられなかったということになる


やはりしっかり生きていきたいと思う


でも

自分ひとりさえ、簡単に幸せにできないでいるのに

人なんて幸せにできるはずがない

わたしなど、その友人がなしえた幸せをなにひとつ持っていない

家族も家庭も子供も将来の道しるべまでも

でも




はー、

できることなら、新幹線で2時間、そっから乗り換えて1時間半、

今すぐ行って抱きしめてあげたい

いやがるだろうけど

ひとりでなにやってんねんって

言うなぁ・・・


ひとりで何やってんの


それは

ひとりでそんなに思いつめたの

自分の中でそんなに自分を追い詰めたの

ひとりで、誰にも守られずに、

命の灯火が小さくなったりしながら

そんなに、そんなに、追い込まれたの

話を聞いてあげられなくて、ごめんね

気づいてあげられなくて、ごめんね



思いを、大きく柔らかく包んであげられたら、と思う

抱きしめてあげたい、と思う

もう大丈夫だ、と言ってあげられたら、と思う


でもそれは、わたしもしてもらえたら、泣いてしまうかもしれない、と思う程自分はよわいままだ



わたしに彼女は救えるだろうか

きっと出来ないこともあるけど、出来ることもある



この前、兄妹から電話がかかってきた

夜中だった

たわいもない用事だったが

話は碁石のように四方八方に進み、

あげくの果てには

「大切なひとをもっと大切にしろ」ときたもんだ


兄妹の言うことだから

親を大切にしろ、と言うのがだいたいのところだけど

うちは違う

親を大事に、というのは一般的に当たり前だけど

わたしたちの親の育て方生き方は、尊敬できるところできないところは

よくわかっているので

そんなことは言わない


わたしの兄妹は、もう親と同じで1年に一回くらいしか会ってないけど

育ちに共に苦労した分、

しばらく会わなくとも話しぶりや内容で

いろいろわかるらしい

そして

「大切なひとを大切にする時間を増やせ」

ときたもんだ

おてあげだ

そんなことできるものなら

ゆるされるものならば

そうしたいよ

「ひとを大切にしろ」

と言うけれど、ひとを大切ってどういうことか、最近わからなくなってきてる


兄妹と改めて幼少時代を検証してみると、

わたしたちはずいぶんと、愛のないなかで生き抜いてきたかもしれないんだなぁと思った

別段、今更そんなことを周囲に責めることなどしないが

一緒にいてほしいときほど、いてくれなく、また引き離され、

そういう状態を「耐える」とか「我慢する」ではなく「それが普通」だと

こどもながらに感じ取ってやりこなすしかなかった


大人になり、大切な大切なひとが出来ても、相手が会えないといってきても

そうかしょうがないんだなぁ、と

簡単にひきさがってしまう

急遽、仕事が長引いていけません、とか

その日は埋まってしまいました、とか

ほんとうは悲しいことを言われても

きみが元気でそのほうがいいなら、わたしはそれでいいよ

と、なってしまう


なにかを知らない


今まで、知っていたと勘違いしていたんだなぁ

誰かに心から愛してもらった記憶がない

これから、この歳でどうやって学んでいけるのかなぁ



そうなんだよ。


久々に発作があった。

あ~あ、最近なかったのになぁ。もう、だいじょうぶだと思ってはいたのに。

今朝3時に目が覚めて、携帯にきていた着信やメールを確認していたら

昨夜の落ち込みに相乗して

体が言うことをきかなくなった

布団の上で、もがき苦しんだ

久しぶりだった

目をつぶると、すこしは楽になる

でも、目を開けたときにもっと苦しくなる

そういうのも久しぶりだった

新聞屋が階段を登ってくる音がした

隣の住人が何故かこんな時間に車で出て行く音がした

真っ暗なのに、外のほうが明るくて、

その暗い明るさが、まだ部屋に差し込んでいた

こうやって

辛さ苦しさの表現だけに長けていき

そんなこの歳でいいんだろうか、とまた苦しむ

たすけてー

たすけてー

と、何度も何度も心の中から聞こえてきた

何がたすけてだ

何を言っているんだわたしは

と、思うけど、確かにたすけてと願い被っていた

さみしすぎた夜だった