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「M-1グランプリ2015」

お笑いの界の歴史が‘代わった’最重要イベントだったということは間違いない 。

まず多くの人が思うところで、これはM-1ではなかった。M-1の皮を被ったTHE MANZAIだった。
今大会を肯定的に捉えてる人からしたら「枠に嵌めたがる」とか「固執している」とか言われそうだがそんなことはない。いや、そんなんじゃない。時代と共に笑いも移り変わっていくのは百も承知。

ただこれまで10年間に渡ってM-1が築き上げてきた‘神話’的な笑いをたった一年の、たった一回の「トレンディエンジェル優勝」という結果によってひっくり返されてしまった。もっと酷い言い方をすればぶち壊されてしまった。これはまさに10年間を否定された形だ。

10年間の否定。つまり、松本人志の否定と言い換えてもいいかもしれない。誰よりもこの結果を飲み込めないのは松本人志なんじゃないだろうか。過去のM-1が好きな人ほどこの結果には落胆したはずだ。


トレンディエンジェルの笑いは否定しない。個人的にはオンバトのチャンピオン大会のネタなんかはめちゃくちゃ面白かった。だが今大会に限って言えばトレンディエンジェルがやった2本の漫才は全く好きではなかった。その理由は色々あるがわかりやすいとこで言うと流行を多く取り入れているところだ。時事ネタを除いてやはりそういうのには頼ってほしくない。漫才師の矜持としてオリジナルで勝負してほしい。それと2本目は今までやってきたネタの良いとこ取りのオムニバス的なネタだったため、より快く思わなかった。

そんな漫才が評価される。昔のM-1では考えられなかった。ハゲ、デブネタなんて面白い面白くない問わず絶対ダメだった。それどころかコンテンツを借りることさえも許されなかった。
わかりやすい例が2006年敗者復活のライセンス。ドラえもんのネタで客にはかなりウケていたがドラえもんが災いしてか全く評価されなかった。


話を戻して今回のキーパーソンは演者でも審査員でもなく観客(視聴者)だったように思う。 審査員は観客のウケと自分の意志との間をとるのに苦悩したと思う。しかし結果的には観客の方に歩み寄った審査だった。
それが一番顕著に現れていたのがタイムマシーン3号に対する礼二と石田のコメント。要するに「ウケていたから高得点つけた」と。これは僕が曲解しているわけではなく事実そう言っていた。行間を読むなら「(自分の意思とは関係なく)ウケていたから高得点つけ(ざるをえなかっ)た」とも聞こえるがきっとこの2人は客を湧かすことも技術と捉えているんだろう。

しかし僕は「ワイドナショー」での松本人志の言葉を借りるなら“審査員はもっと自分勝手でいい”と思う。極端だが観客にすごいウケてても自分が全く面白いと思わなかったら0点でもいいし、逆にすごいスべってても自分が超面白いと思ったら100点でもいい。一般の感性に合わせていてはお笑いは衰退の一途を辿る一方だ。勿論観客あってのお笑いではあるが、そこに完全に歩み寄ってしまってはオリコンの上位に並んでいるわかりやすいポップスとなんら変わらない。芸人のネタはそんな商業的ではない。

最後にM-1の未来について。今後ある程度この流れは汲まれていくと思う。願わくば松本人志に戻ってきてほしいが、流れ的にあまりにも今回は転換期としての意味合いが強くなってしまったがためそれは難しく感じる。今回はなかったこととまでは言わないが色々探っていてもがいていた過渡期の一年という扱いにはならないだろうか?そして来年からはまた審査員はお堅いメンバーに戻して敗者復活は作家が選ぶ。それだけ。

一刻も早いM-1の‘帰還’を望む。