こころおどる。 -94ページ目

こころおどる。

ロシアとヒョウモンとニンゲン2人
毎日心が躍ってしまう鉄筋コンクリート製ケージの暮らし

先日、祖母が亡くなりました。
納棺の儀から初七日までを終え、
こんなこと書くのもどうかと思いながらも
気持ちの整理として
書いておくことにします。

父は私が20代の頃に亡くなり、
祖父も2011年に他界。
実家には祖母と母の2人暮らし。
父はお婿殿だったので、祖父母と母(長女)は親子。
祖母が
腰椎の圧迫骨折で半年前に入院してから、
母は毎日病院へ通っていた。

9日早朝、
看護師さんに「ありがとう」と普通に会話をし、
1時間後には息を引き取っていたそうです。
波乱万丈の人生を送った祖母だけど
最後は穏やかだったのが私には救いだった。

孫9人、曾孫14人。
一番お世話してもらって、
一番心配かけたのは私だと思ってる。
大人になって
祖母に褒めらるのが嬉しかったな。

リハビリで祖母と折り紙をよくしたので、
棺に折り紙で作った5色の蓮を入れた。
イメージ 1

94歳の老衰と言うこともあり、
納棺から初七日まで
それはそれは賑やかなもので(笑)

長寿銭も出ました。
イメージ 2
関東の1部での慣習みたいですが、
100円玉が入っています。
寿命を全うしたお祝いです。

お通夜では
「こんなに集まるのは近年稀だ」と
ご住職は張り切り過ぎて
「話が長くなっちゃって申し訳ない(;´∀`)」
とかになるし(笑)
祖父の時もそうだったんだけど、
寂しいけど笑顔で送るとこができる
ご葬儀で良かったと思う。

叔母(末娘)から聞いた
祖母のエピソードが笑った。
おそらく昭和48年頃の話だと思うんだけど、
川越の百貨店に
マクドナルドがオープンしたの。
(マックの日本初出店は昭和46年)
1階の道路(歩行者天国)に面したカウンター。
2歳の私を連れた叔母と祖母、
ちょろちょろと歩き回る私を
叔母(当時20代前半)が世話をして、
祖母がマックのカウンターへ。
何を言うかと思ったら「マクドナルド1つ!」
で、叔母の方を振り返って
「マクドナルドは無いって~!」
大声で(≧▽≦)シ
叔母は驚くやら恥ずかしいやらだったと。

「店員さん!察しろ~!」みんなで笑った。

おじいちゃんには会えたかな?
どうぞ安らかに。