アリの気持ち
道に落ちている空き缶がとてつもなく大きく見える
人間なんて巨人だ
巨巨人と言ってもいいくらいだ
そして、彼らは容赦がない
下を向いて歩いてなんていない
自動車という鉄の怪物なんて、もっと恐ろしい
いつ踏まれてしまうかわからない
こんな体じゃ避けきれない
獲物を見つけて、巣まで運んで…
毎日それの繰り返し
でもそんな毎日が嫌いじゃない
獲物は結構いろいろなところに落ちている
たまに、巨人の子どもが(好意か悪意か知らないが)餌をくれる
頼むから、もう少し小さくしてくれ
そして、巣の出口に置かないでくれ。
それから、巣に水を入れたり、巣を掘り返すのもやめてくれ
(これは絶対悪意だ!)
体を持ち上げて落とす実験もやめてくれ
繰り返し言うが、彼らは容赦がない
もし体が大きかったら、噛んでやるのに
なーんてことを考えたり(;´艸`)
まぁアリは目が見えないらしいけどね
人間なんて巨人だ
巨巨人と言ってもいいくらいだ
そして、彼らは容赦がない
下を向いて歩いてなんていない
自動車という鉄の怪物なんて、もっと恐ろしい
いつ踏まれてしまうかわからない
こんな体じゃ避けきれない
獲物を見つけて、巣まで運んで…
毎日それの繰り返し
でもそんな毎日が嫌いじゃない
獲物は結構いろいろなところに落ちている
たまに、巨人の子どもが(好意か悪意か知らないが)餌をくれる
頼むから、もう少し小さくしてくれ
そして、巣の出口に置かないでくれ。
それから、巣に水を入れたり、巣を掘り返すのもやめてくれ
(これは絶対悪意だ!)
体を持ち上げて落とす実験もやめてくれ
繰り返し言うが、彼らは容赦がない
もし体が大きかったら、噛んでやるのに
なーんてことを考えたり(;´艸`)
まぁアリは目が見えないらしいけどね
ピアスの話
ずーっとピアスホールを開けたいって思っていました
実行したのは大学2年生の秋
いきなり3つ開けました
開けるとき、何が嫌かって言ったら、開ける前がめちゃめちゃこわいこと
それから、開けた後、耳がジンジンして痛いこと
そして、ピアスホールがふさがりそうになること
あれ?
結構嫌なこと、あるね
それでもピアスは好き
好きで、また開けたくなるんです
大学4年の冬にもう1つ開けました(;´艸`)
そして今…
実はあと2つ開けたいんです
ただ、そこは社会人…
実行できませんよねぇ(;´д`)
それに、仕事してなくても、耳に6つも穴が開いていたらコワイですよねぇ
自粛中です
実行したのは大学2年生の秋
いきなり3つ開けました
開けるとき、何が嫌かって言ったら、開ける前がめちゃめちゃこわいこと
それから、開けた後、耳がジンジンして痛いこと
そして、ピアスホールがふさがりそうになること
あれ?
結構嫌なこと、あるね
それでもピアスは好き
好きで、また開けたくなるんです
大学4年の冬にもう1つ開けました(;´艸`)
そして今…
実はあと2つ開けたいんです
ただ、そこは社会人…
実行できませんよねぇ(;´д`)
それに、仕事してなくても、耳に6つも穴が開いていたらコワイですよねぇ
自粛中です
昔の話
小学校低学年のころは、しょっちゅう風邪をひいて病院に行っていた
小児科や内科、外科がある総合病院だったから、いつも人がたくさんいた
小児科の待合室も人でいっぱいだった
待合室には、子どもがあきないように、たくさんの本が置いてあった
童話を集めた分厚い本や14ひきくらいのねずみの家族が出てくる絵本
あの待ち時間が子どもなりに結構好きだった
あの頃読んだ話には、
花咲じいさんなどの日本の話から、外国の話までたくさんあった
はっきりとした内容や絵は覚えていない
それでも好きだった
今もまだあるのかな
あそこにあった本を集めてみたい
けれど、あの頃本を読んでいた私は本当に今の私だろうか
記憶の片隅にしかない待合室の風景
大人になってしまった自分
子どもの頃の自分は、今の自分にはっきりつながっていると自信をもって言える?
今、小学生の子どもたちも、やっぱり同じような時を過ごして、やっぱり同じようなことを考えるのだろうか
小児科や内科、外科がある総合病院だったから、いつも人がたくさんいた
小児科の待合室も人でいっぱいだった
待合室には、子どもがあきないように、たくさんの本が置いてあった
童話を集めた分厚い本や14ひきくらいのねずみの家族が出てくる絵本
あの待ち時間が子どもなりに結構好きだった
あの頃読んだ話には、
花咲じいさんなどの日本の話から、外国の話までたくさんあった
はっきりとした内容や絵は覚えていない
それでも好きだった
今もまだあるのかな
あそこにあった本を集めてみたい
けれど、あの頃本を読んでいた私は本当に今の私だろうか
記憶の片隅にしかない待合室の風景
大人になってしまった自分
子どもの頃の自分は、今の自分にはっきりつながっていると自信をもって言える?
今、小学生の子どもたちも、やっぱり同じような時を過ごして、やっぱり同じようなことを考えるのだろうか