良い天気~‼‼
焼ける~‼‼笑
色白でいたいメンHassyです。
最近お仕事について色々と考えております。
改めてダンスを仕事にするとは何なのかってとこですね。
ダンスの先生してますけど、その在り方ももっともっと考えていけない気がしますね。
もし中学校の授業一つ一つが自由に選択できて、
数学の先生も英語の先生も何人もいたらどうなんでしょうか。
どの先生に習うか、自分で全て決めれるとしたら。
先生の給料は生徒の数で決まるとしたら。
教育の場はどう変わるんでしょうか。
もし逆に、
一つのスタジオに入れるダンスの先生と生徒が決まってて、レッスンを持つということは1年間毎日同じ生徒にダンスを教え、1年後に生徒を立派なダンサーに育てあげる責任を全て背負い、それ相応の給料をもらえる環境とすればどうなんでしょうか。
専門学校はそれに近いものはありますが、ただ授業の一コマとしての存在ではなく、
毎日同じ生徒に向き合い、立派なダンサーに育てる、ということですから技術だけでなく礼儀などの人間性、今後の人生設計に対しての影響を与える、そんな環境になればダンサーはどう変わっていくのでしょうか。
大阪が公務員の制度を色々と変えていますが、
教育でいえばモンスターペアレントやいじめ、体罰、
ダンス界でいえば、パフォーマンスこそがダンスなのにパフォーマンスの仕事が少なく、教えるということが主な仕事ではないはずのダンサーの基本職が現役の時代からインストラクターということ、現役引退の年齢になったときにどうやって生活するのか、スタジオ経営を始める方が多く増え続けるダンススタジオ、
どんな職種であっても、始めは流れが生まれそれが安定へと進んでいくものの、必ず問題が出てくるものですよね。
そのときに自分の立場やプライドを守ってそのまま進み続けるのか、
例えリスクを背負ってでも乗り越えていくために変化を起こすアクションを起こすのか、
5年後、10年後には全く別の世界にいるぐらい差が出てるんじゃないでしょうか。
僕らは今生きてますけど、いつ地震が、異常気象が、大惨事が起きるかわからない、そんなリスクのある地球、何十億という別の人間、数えきれない数の生物と共に生きてるんですから、
たくさんの希望ある未来のための、多少のリスクを背負う変化なんて
どうってことないんじゃないでしょうか
とか言いながら僕も26歳の若僧で、できてないことも甘い部分も腐るほどありますが、
自分のことは全て自分で責任を持つことができるのが大人ということではないんでしょうか。
成人式、僕は行ってませんが成人式で教えてもらうことはそういったことじゃないんでしょうか。
自分の人生なんだからどんな仕事をするか、自分の生活というものを、誰かに任せるのではなく、流れていくだけではなく、自分で責任を持つことが大人というこではないんでしょうか。
若僧から大人へとなるにはこういった事をしっかりと考える、それが大事なんじゃないでしょうか。
あくまでも個人の考えです。
誰か、またはある職業に対して批判をしたつもりはありませので偉そうなこと言ったかもしれませんがお許しを。
じゃ、そんなこと考えながらレッスン行ってきます!
iPhoneからの投稿