小さなベンチャー企業奮闘記 -2ページ目

仕事のスピード

作業を指示してあがってきた成果物を確認すると細かいミス
だらけ。がっかりするのと同時にその人に対しての信頼感が
薄れてしまう。


仕事が早くても「何かミスがあるんじゃないか」
思うと安心して仕事を任せられない。また、必要以上に
チェックをしなければならない。


スピードと正確さ、どちらが大事か。
「正確さがあってのスピード」
ケースにもよるが自分は正確さに重きを置いている。


どうしても期限が決められている仕事もある。
そういう場合はスピード重視せざるを得ないが
ミスをしないで作業を行う必要がある。
スピードを重視したばかりに信頼を失うことにならないように。


サラリーマン時代、先輩に頼まれ他のプロジェクトの仕事を
手伝ったことがある。片手間で関わったために成果物は形だけ
のものとなり、品質は散々な物だった。これを機に社長からの
信頼はガタ落ち。信頼を取り戻すのはとても大変なことだった。

 

ただし、他社や他人に先駆けて行うことで優位性を保てるもの
については正確さよりもスピードが大事だと思っている。


ステージは大きく違うが、Yahoo!BBのADSL事業展開はその品質
よりもスピードを重視した。事業開始当初はそのサービスや
サポートの質が悪く、かなりの批判を受けていたが今ではBB業界
での地位を確立している。日本テレコムの固定電話事業でも
同じような手法を取っているのではないだろうか。

 

右も左も分からない就職活動

リクルートスーツすら持っていなかった自分は
まずスーツ、シャツ、ネクタイを購入した。

就職情報誌を購入し、目ぼしい会社をチェック。
上場しているような大企業には行きたくなかった。
社長と対等に話ができる規模の企業に就職したいと考えていた。
そのほうが仕事にやりがいを感じ、自分の実力を大いに伸ばせるだろうと。

今、思えばなんて生意気な奴だ。
こんな人間は大企業もお断りだったろう。

そんなことを考えつつ臨んだ1社目の面接は中古車情報誌を出版している
業界大手の企業

面接官は30代でスーツを格好良く着こなす、いかにも仕事が
できそうな人だった。

下準備はほとんどなし、挨拶もちゃんとできたかどうか定かではない。
当然、不合格。かなり情けない面接だった。

不合格通知を受け、一から出直し。
2社目はERPパッケージを開発、販売している中小企業。

小さい会社であったため社長と役員が直接面接。
この役員が若かった。入社2年目、25歳の公認会計士

自分が断念した公認会計士。
そんな若さで役員になれるんだ!!
この会社なら頑張ればその先の道が開けると思った。

社長も夢を語れ、カリスマ性のある人物だった。

2社目ということもあり、面接対策は万全。
数日後、内定通知が届いた

時間もお金もないし、就職活動が面倒だと思っていた
自分はすぐにこの会社への就職を決めた。

この会社への就職が厳しい社会人生活の始まりだった。

フリーター生活

税理士試験の不合格通知から3ヵ月後、大学は無事卒業。
これには内心ホッとした。


実は留年も許されない身であった。
私の出身地の市から返済不要の奨学金を頂いていたからだ。
4年間で200万円超。
もし、4年間で卒業できなかった場合はこのお金は返済しなければ
ならなかった。


卒業後の4月からの生活。
4月の中旬くらいまでは形だけ専門学校に通っていた。
夜はアルバイト。

アルバイトの収入は月に10万円程度
家賃と食費、その他の出費で10万円では生活ができない。


この調子で生活すると夏には貯金が底をついてしまう
これからどうなるんだろうと他人事のような思い。
なぜか焦りはなかった気がする。

実家に帰れば生活はできるというあまい考えが
あったからだろう。

しかし、いざお金が減ってくるとだんだん焦りが出てきた。
東京を離れることに未練があったのだろう。
このままま田舎に引き下がれば、もう東京には出てこれない。
後悔はしたくない。


どういう形でもいいから東京に残ろうと決意をした。
アルバイトでは生活できない。
そこから就職活動を始めることになった。


-- 番外 --
文中の奨学金、昭和50年頃に地元の名士が寄付した基金で
制度化しているそうだ。その額、1億円。当時の貨幣価値
からしたら大変なものであったろう。

この奨学金は年間3、4名しか受けられない。
資格基準は細かくあるようだが、5人兄弟で貧しかったのが
大きかったのかな?頂いた奨学金はすべて学費に使わせて
もらった。
いずれなんらかの形でお返しができればと思っている。
本当に感謝している。

初めての税理士試験

税理士の勉強はとてもつらいものだった。
学習というより記憶力勝負というところが強い。

学校では税法を1字1句覚えろと言われる。
ぬるま湯生活を送ってきた頭にそんな余裕も集中力も
なかった。

昼間は大学と専門学校、夜はアルバイト。
そんな生活を1年近く続け、初めての試験。
夏に受験し、合格通知が来るのは年末。




結果は・・・










見事に散りました。。。
ちょっと自身があった自分はかなりへこみました。


合格通知が来るまでの数ヶ月は翌年の試験のための
勉強を続けていた。既に大学4年の12月。


周りの友達は皆、卒業後の進路を決めていた。
これにはさすがに焦った。
だが、就職活動を全くしていなかった自分は進路を
変える事もできなかった。


しばらく勉強を続けるも集中力が途切れ、徐々に
勉強をしなくなってしまった。



就職浪人・・・。


アルバイトを続けるもお金が底をつき始め、
徐々に生活が苦しくなってきた。

実家に帰るしかないかなぁと思い始めていた。


-- 番外 --
実は大学在学中に教員免許の単位も取得済だったが
税理士の勉強のため教育実習を受けられなかった自分は
教員免許も取れなかった。

「二兎を追うものは一兎をも得ず」

身にしみます。。。

税理士を目指す

実家を離れ、東京に出て、受験勉強から解放された自分は
ただ単位を取るだけ生活を送っていた。

バイトもそこそこ、勉強もそこそこ、ただ時間だけが過ぎて
行った。楽な生活を送ってきたわけだが、そんな生活が2年も
続くと将来に対しての不安が襲ってきた。


「何かをしなければ・・・」焦りが出てくる。


そこで頭に浮かんだキーワードが公認会計士。
そこからの行動が早かった。

まず、育英会に貸与の申し込みをした。
運良く審査を通り、年間60万円ほどの貸与を受けることができた。

だが、すぐにつまずく。
公認会計士について詳しく調べ、公認会計士の資格取得は
弁護士、医師と肩を並べるほどに難しいことが分かった。
安易に考えていた自分は愕然とした・・・。

資格取得にはスムーズにいって2~3年。
10年掛かっても取得できないことはざら。

育英から貸与されたお金には限りがある。
失敗したくないし、時間という遠回りもしたくない。

そこで公認会計士と同様の資格、「税理士」に目をつけた。
税理士は5科目を複数年に分けて合格すれば資格を取得となる。
それなら社会人になっても働きながらでも勉強ができる。

早速、専門学校へ入学の申し込みをした。
そこから大学、専門学校、バイトと忙しい生活が始まった。

既に大学3年になっていた。

大学での出会い

大学で出会った一人の先輩が私の人生の一筋を作った。


私は大学入学と同時に学校の寮に入寮した。
そこである先輩に出会った。
その人は公認会計士になるための勉強をしていた。


公認会計士・・・。名前は知っているが具体的にどんな仕事を
する職業かはよく分かっていなかった。


聞いてみると、医者、弁護士に並ぶ国家資格ではないか。
世間に認められる職業。自分は急激にその職業に惹かれていった。

ただ、独学での合格は限りなく難しい。専門学校に通うのが一般的。
その費用は年間50~100万円。到底、用立てできる額ではなかった。

行動力のない自分はそれを知って、気持ちが冷めていった。
私が動き出すのはそれから2年後の夏だった。


--- 番外 ---
そういえば、あの寮は随分古かったなぁ。
40年以上も前に建てられた建物で窓が小さく、ゴキブリ
たくさんいたっけ。

4人1部屋、1人当たりの生活スペースは1畳くらいだったなぁ。

言い方は悪いかもしれないけど、更生施設のような感じだった。

当時はそこに住んでいるのが嫌でたまらなかったけど、今となっては
懐かしい思い出のひとつだ。

ライブドア>>ニッポン放送株35%取得

ちょっと本筋から離れちゃいますがHOTな話題なので
ブログに書かせてもらいます。


ライブドアがニッポン放送株35%取得を取得。
800億円の転換社債を発行してのニッポン放送株取得。
ライブドアの平成16年の売上高は300億円。
そこから考えるとすごいことです。


さすがの堀江社長も大変そう・・・。
詳しくはここで

ライブドア社長日記


昨年の近鉄買収といい、堀江社長は日本を沸かせてくれます。
世間的には異端児というイメージが強いですが個人的には好きな社長の
一人です。なんと言っても決断が早く、行動力がある。その背景には
実績がついていますからね。


私はライブドアに社名を変更する前のオンザエッヂ時代から注目していま
した。このアメーバブログを運営する「サイバーエージェント」も創業
当初から堀江社長と関係を蜜にしていたようです。


マスコミで報道されているようにこの問題は週明け以降に状況が変わって
くると思いますが、近鉄買収→新規球団設立で苦渋を飲んだライブドア
には是非頑張って欲しいと思っています。


それにしてもフジテレビのやり方(堀江社長が出演している番組の放送中止)
は大人気ない。でも、堀江社長マスコミに対して発言がストレートすぎる。
それが良いところでもあるんだけどね。


将来、楽しみな会社です。
こういう会社をみて、やる気が出てきます。
自分の会社も盛り上げて行かなければ。

大学までの進路

金持ちになりたいという気持ちがあっても中学、高校と何か
具体的な事はしてこなかった。


高校進学もその先の大学を意識した進路ではなかったし、
社会に出てからの自分を意識していたわけでもなかった。


高校生くらいで将来をしっかり見据えて生活している人は
少ないんではないだろうか。



当然だろう。



大人になっても自分が何をしたいのかよく分かっていない
人が多い。(自分もその一人か・・・)


大学進学も自分の考えよりは親や先生の意見に傾いた進路を
とってしまった。


ただ、その進路が良くも悪くも起業への道へと繋げる一歩に
なった。

金持ちになりたい!!

私は5人兄弟の4番目。
今の時代、周りを見渡しても5人兄弟はなかなかいない。


しかも、父は普通のサラリーマン。
貧乏とは行かないまでも当然、余裕のある生活は送れなかった。


父が勤めていた会社は輸出をメインにしていたため、80年代の
急激な円高で会社の業績が悪化し、生活が徐々に苦しくなってきた。

小学生の頃、母が家計簿をつけながら溜息をついていたのを覚えて
いる。お小遣いも貰えず、正月に親戚から貰ったお年玉で1年を
過ごしていたことを覚えている。


そんな生活を過ごしていた自分は漠然と「お金持ちになりたい!!」
という気持ちを持ち始めた。

起業を決意するまで

「小さなベンチャー企業奮闘記」などとたいそうなタイトルを
つけてしまいましたが、はたして「奮闘」などしているのか?
と自分でも疑問に思っています。


小さな小さな会社ですが現在の経営状態は良くも悪くもありません。
起業までの道のりから今後、会社がどのように進んでいくのかを
このブログに記して行きたいと思います。


すでに起業している方、起業を目指している方からの意見や感想など
をいただければと思っています。


まずはゆっくりと起業までの道のりを記して行きます。
どうぞよろしくお願いします。