最近 父が目に見えて衰えてきました 目が離せません 何でも自分でやりたい方なので大変(>_<) 買い物でようやく腕を組んで歩いてくれるようになったのは少し うれしいO(≧∇≦)o しかし、今日の台風の庭の片付け もうアタシがやるから 家にはいって~ってなったよえーんまぁ、無事片付け出来たけど~台風も、そんなえらくなかったっていうね~ ちょいお疲れ~ ふんわり出来るときいて寝る前に鏡月一杯 今日もお疲れ様爆笑

2011年12月14日

父のけたたましい声で目が覚める いつものおばぁちゃんとの言い合いだろう
と思ったのも一瞬・・・いつもとは違う何かを感じた
隣で寝ていた母が起きてすぐ下の階へ 私もすぐに服を着替えた

アタシが下の階に下りた頃には
生協で集まった人々の不安気な顔 緊迫した顔つきで電話する母 ゴミ箱に顔をうずくめる父 
激しい嘔吐をうったえていた

「水」声も嗄れがれに私にうったえる父 すぐさま台所にて湯のみに水をいれて父のもとへ
「さすって」またも もはや聞き取るのも困難な声で父がうったえる

1分1秒が凄く長いように感じた 母が救急隊の人に連絡しているのが微かに聞こえた
救急車到着 父は脳出血を確信していた その旨を一生懸命母や私、救急隊の人に伝える

とりあえず、タンカーで救急車に運ばれる

搬送先について医療センターにかかっていた事もありそこが受け入れ可能か聞いてから出発するそうだ
またも長い時間のように思われた

昨日、お隣さんのおじいさんが亡くなった。通夜の用意をしていたであろう隣のおばさんが
「何かあったの?」と声をかけてくれた 
アタシはうまく答えれなかったと思う
しどろもどろで「父が倒れた」とだけ伝え 
救急車の前で祖母と生協にきていた皆さんと おろおろと立ちつくしていた

受け入れ先が決定した 希望どおり医療センターに行けるそうだ
祖母の友人 そして祖父の姪が駆けつけていた

誰が救急車に乗るか何がいるかなど細かい事が瞬時に決定されていく

母が救急車に乗り、祖父の姪がその後について行く
私は祖母とその友人と自宅にて待機する事となった

そして救急車は出発した

 入院でいる物 
幸いにも祖母はもと看護婦で、その友人も看護婦である
祖母は何が何だか解らない様子だったが

その友人から必要な物を聞き集めて行く 
基本的には1日の生活で必要なもの
歯ブラシ タオル 髭剃り コップ 箸 パジャマ等等

祖母が何が起きたのかも忘れはじめ 洗濯物をとりにいったりで外にでるたび
アタシは祖母がどこかへ行ってしまわないかソワソワと後を追う

アタシもそれなりに 動揺はしていたんだと思う
只 感情を殺して冷静に勤めていたのだろうか

祖母の友人が家の用事をすませる為 少し出かけてくるといった
「はいはーい」と言いながら アタシは少し不安だった

相変わらずの祖母の様子をみながら 判断というものがアタシ自信に初めて移り 
機と考えた 今何をしておくのが 有効なのか・・・

友人から電話がきていたので 若干迷ったが 
「おとん倒れたから きるね」と言った

友人は唐突な言い出しにもかかわらず
ほぼ いつもと変わらぬトーンで
「解った」
でもどうなったか知りたいから 時間ができたら電話をくれ
というような事を言っていた 
アタシも解ったと言い電話をきった


 とりあえず 思いついたのはご飯を食べる事だ そんな事しか思いつかなかった
納豆を食べたように記憶しているが 実際、味も何も無かっただろうと思う

そうこう している内に母から電話があった
父は小脳出血というもので それは今すぐに手術をしなければ
命がないといった事だった

おばあちゃんをつれて 来てくれる?って何だか母は申し訳そうにいっていた

当たり前だ 行くに決まっている


おばあちゃんを連れて車に乗ろうと外に出た時
祖母の友人が調度戻ってきた

母が連絡してくれてたらしく すぐに出発の流れとなった

母の新車・・・帰りの事などを考えるとこれで行くのが良いと思った
しかし、アタシはこの車を運転した事がない・・・

祖母の友人に 乗った事あるんでしょと聞かれ ぎくっとしながらも
「ないです」「でも、大丈夫です」などの会話をつなげた

が、いざ乗ってみるとボタンが一つ それを押してみてもエンジンがかからなかった
エンジンすらかけられなのか~なんて思いつつ

どしよ? 聞こう!

「エンジンって何処でかけるんですか?」っと祖母の友人に 

「そんなのアタシが知るわけないわよ」って 確かにそうだな と思いながら

もう一度試す事にした 祖母の友人はかなり心配だったと思う
強くいつも乗っている軽トラックで行く事をすすめていた

とりあえず もう一度やってみたらエンジンも無事かかったので
「大丈夫です」と押し切り出発となった

祖母は祖母の友人の車で アタシはその後を追うというかたちになった

医療センター10年前父が脳溢血で倒れた時 お世話になった場所
当時学生だった事もあり 自分自身の運転でその場所に行くのは実は初めてだ

道も変わっている 一人で行けない事もないだろうが

先導してくれる 車がいて助かった

しかし、初めての車 一刻もはやく着きたいとは思いつつも 思うようにスピードにのれない
ここで 何かあっては洒落にならないといった気持ちの方が 若干先行したのだろうか

父が手術室に入るまでに間にあうのか・・・?それとも もう入ったのか?
速度メーターと睨めっこしつつ 先導車に置いていかれないように 走った

アタシは途中 自身の腹痛に気づいた でも 病院までいければと思い何とかそれに耐えていた
後 もう少し 後もう少し

あぁ 病院で父が手術室に 入る前に調度トイレだなんて嫌だな
でも 最悪、祖母はその場所に立ち会う事ができるし もしかしたら 我慢できるだろう

後 もう少し 後もう少し

あぁ 何でご飯なんか食べてしまったんだろう
あぁ 何で一応トイレに行ってから出なかったんだろう

そんな時間もなかったし 気も動転していたんだろう とりあえず 我慢だ

後 もう少し 後もう少し…が、

限界にきた アタシにとっては苦渋の決断だった

たかが腹痛ごときで・・・と

しかし、どんどん増す腹痛で このまま走っるのはきつく 
それでもしも何かあったら洒落にならない


アタシは車が車の波で少し 止まった瞬間

祖母の友人に電話した

すぐに 車が走りだしたので 携帯を置くと

祖母の友人がたいそう 心配して
アタシの名前を呼んでいた

何もないだろうが 警察に捕まって 時間をとられるのは 嫌だったので
無意識にも交通ルールは 守ろうとしていた

それが逆に心配させるなと思い すぐ電話をとろうとしたところ

祖母の友人が ウインカーを出し 道端に車をとめた
アタシもそれに続いて車を止め すぐに携帯をとった

そして お腹が痛い事を伝えた
すると、近くに喫茶店があり そこは知り合いのやってる所だそうで
トイレを借りれると思うから聞いてみるといった話になり 

その喫茶店へ行った 快くトイレを貸してくれた 

とりあえず これで腹痛の方はたぶん大丈夫だろう

こんな事で…と思いつつ ふっと気の抜けた瞬間でもあった

間に合うか間に合わないかという 考えから  
一歩 自分の自身の事情を優先させてしまった事により
仕方ないと 考えるようにも出来るようになったんだと思う

それでも 間に合いたい よし GO!

「ちょっと待ってねぇ」

祖母の友人がその店で皆がつまめる物を購入していた

一瞬 よしGO!と思った気持ちが 鼻っ柱折られた気がした

やっぱ 知り合いの店じゃぁ何か買わないといけないのかな…
なんて馬鹿な考えも思いうかんだが

すぐ まぁ いいや 

どうせ寄ったんだし 皆が食べれる物があった方がいいに決まってるではないか
それを考えてくれてるんだと思えた

さて 再出発

「後30分ほどで手術らしいから ちょっと急ぐね」
「しっかり ついて来てね!」

と声をかけられ 先ほどまでとは少し違うが 又 身がひきしまった

30分ほどと言えば此処からだと ギリギリだ

もっと速く でも慎重に

巡回で走っているパトカーが よく目についた

時速60km たかがしれているが それ目安に走っていった

そして なんとか 病院までたどりついた

 懐かしいなぁ なんて少し思った

遠くから 救急車のサイレンの音が聞えたように思う

ここからの記憶が曖昧だ

祖母そして祖母の友人と合流し 自分の感情よりまわりを気にするようになったのだろうか

 なによりは ここまで辿りついた事で自分の中でひと段落したのだと思う
後は どのような結果になるか待つだけだという事を
アタシは10年前の経験により 知っていた

救急搬送の隣のドアから入った 父は3階の手術室にいるそうだ

そうだ 手術室3階だったなぁ

同じだ 同じだと思いながら 手術室前の待合所を目指す

待合所にて 母と祖父の姪と合流した


父は少し前に 手術室に入ったそうだ

母から今回の病気についての医師からの説明を少し聞いた

 今回は前回の脳出血とは又違う病気だそうだ

前回の手術で行ったシャントがどうのこうの言っていたが それは開いてみないと解らないらしく
アタシもよく理解できなかった

前回術前の医師からの説明を聞いた時 アタシは足元がぐらぐらする感じがしたのを思いだした
術前の医師の説明というのは どういったマイナスの事が起こりえるかの説明が多く
なかなかキツイものだ

手術の内容が知りたかったのはもとより その場に立会い一人でも多く母についていてあげたかった

祖母 祖母の友人 母 祖父の姪 そしてアタシ

手術の話 何気ない会話 誰かを気遣った会話 会話 会話

そういえばアタシは10年まえ この何気ないような会話が耐えられなかったな
 
 なんで? 父は今まさに手術してって時に みんな普通なんだろうって
アタシは無理だなって思って 父を思い 泣き出したのを記憶している

そしたら急に強制退場ー!くらったような… ま、過去の話です


 母がお金の心配をしていた 

保険は?と聞かれ 前回手術した事により もう入れなかった事を説明していた

それは アタシも知っている アタシには何もかけれる言葉がなかった

「大丈夫なんとかなるよ」祖母の友人が言った

アタシもそれを言ってあげたかった…それを言ってあげれたら良かった
でも、出来なかった とても助かる言葉だ

繰り替えされる 会話 そしてほんの少しの沈黙…


少し外の風にあたってくる事にした

外はもう日が落ちていた 煙草に火をつけ 
どうなったか知らせてほしいと言っていた友人に電話した

今の状況をかるく伝え少し話しをしたが すぐ戻る事にした

「又時間あったらかけといで」と友人は言っていた

この時の事を後で その友人に聞くと
アタシは感情が 無 といったかんじになっていて
それが凄く心配だったと言っていた

その後 七時過ぎくらいかな 時間を記憶たのは
もうこんな時間なんだぁ と思ったような気がする

父が倒れたのが2時すぎ頃 5時すぎぐらいに手術に入り
だいたい 2時間 長いなぁとこの時思った

その間皆にコーヒーを買ってきたり 買ってもらったお菓子類などをつまんだり
祖母の友人が時折話してくれる手術についての会話
祖父の姪の何気ないが 明るいトーンの会話
祖母の存在 そして母の存在

皆に救われていた

いつだったか 長い廊下の先から一人ぽつんと 人が歩いてきた
皆誰だろうといった感じだった

祖父の姪の旦那だったのだが 何故か違う所でずっと待っていたらしい

アタシはこの人がなんか好きだ あまり喋った事もないが笑った顔をみるとなんか和むからだ

父を待ってくれる人が又一人増えた


そろそろ 沈黙のかずも少し増えだし 手術の終わり時間についての会話もちらほら出てきた

祖母の友人から一般的な考えうる目安時間を聞き

それから 少し押してるのかなとか 前はもっとかかった気がするねとかが話題にのぼった

誰も言わなかったけど 長引いてるって事は 悪い事なのかなぁと少し不安になった

アタシは少ししびれをきらして また外に出ることにした

友人に電話をかけ 煙草time
最近父は機嫌が悪かった そんな父がアタシは嫌だったので倦厭してたというか
何かあまり関係性は良好ではなかったと感じていた
そんな中アタシは父に何か嫌な事を言ったのか 又は嫌な態度をとったのか

それとも自分のその他のなんらかの行いが悪かったので罰をうけてるのかなどと考え
それを友人に話した

「そんな自分中心に物事は動いてないから!」御もっとも!

あぁ 出ちゃってるな自己中とか思いながら そっかぁ~とちょっと安心した

少し気を持ち直し また皆の所にもどった

休める時休んだ方がいいよと 友人に言われたので 
アタシは目をつぶって休む事にした

少しうとうと出来たと思う

8時 8時半 父はまだでてこない いつ出てくるんだろう

トイレに行くタイミングが結構難しかったな

9時前ごろだっただろうか 看護婦さんがちらほら動き始めてきて
祖父の友人がそろそろじゃないと言った

ベットが用意され始め アタシの目から見てもそろそろなんだろうと感じた

 期待 不安 どちらもない ただ出てきて欲しい 会いたい

そこからがまた何だか長く感じたのだが
実際は9時半ごろかな 手術室の扉が開き 父がでてきた

テキパキと動く看護婦さん方 あたし達はただ固唾を呑んでそこに立ちつくす

父の様子などはハッキリ見えなかった 
術後の雰囲気 麻酔のかかっている眠っているだろう父 布団 ベッド それらを見送った

時間が急に速く流れ出す

あたし達は 集中治療室っぽい所の近くの待合所に移動した

母が親戚筋には 誰に話そうかと話題にだした
極力誰にも言いたくないらしい 特に母方の身内には言わないでおきたいらしく
「言わないから」っと ちょい釘さされたみたいな 別に言っても良いんじゃないのと思いつつも
母がそう決めたならアタシもそうしようと「解った」と答えた


今から医師からの説明がありますと伝えられる 緊張感がはしる

10年前足元が崩れる感じのした 医師からの説明をうける部屋へと呼ばれた
医師からは手術は一応成功したといった感じの言葉を聴けた 
頭部のCTなどを見せてもらい 今回の病気やその後の 後遺症についての説明をうけた
詳しい事は解らないし あまり覚えてもいないが

失調というものが後遺症として出る可能性があるといっていた
その程度は人それぞれで もう少し回復してみないとどの程度のものかは解らないと言っていた

最悪パターンも聞いたが それほど気にはならなかった
術後の報告だったからか 二度目だからか 前ほど悪くはなかったのか もう頭が回ってないのだろうか
解らないが 兎に角 足元ぐらぐらするような感じはなかった


説明も終わり 少しなら父に面会する事ができるらしい
ただし2人ずつ 消毒をしてとの事

アタシは祖母と入ったのかな
父は本当に10年前のようだった 同じ場所に 同じように 頭を包帯でまかれ
麻酔で眠っている 指には洗濯ばさみみたいな物で 血圧等を表示する機械とつながれていた

同じだ 眠っている お父さん… 

アタシは父に触れたかった が、良い物か悪いものか解らなかったので
洗濯ばさみから ピッピッて言ってる音を警戒しつつ

指にちょっとだけ触れた いやあれはツンって突っついた感じかな

あまり長くいてはいけないと言われてたので次の人に交代

皆がそれぞれ面会にいった アタシは祖母と一緒に外で待っていた

それが終わり では帰りましょうかという流れになっり

アタシは母ともう一度だけ父に面会に行った

母が「お父さん、もう二度もこんなことして 嫌よ」というような事を言っていたのだが
驚いたのは体をゆさゆさ揺すって言っていたので 術後だよいいの?そんなして?
いいんだぁと思いつつ 凄いなと思った


父に帰るねと言って 病院から出て祖父の姪夫妻と別れた

帰りは母の運転なので気が楽だ 
祖母の友人の事を考えるとやはりこの車でこれて良かったなどと思った

母や祖母の友人が新車にのれてどうだった?と聞いてきた

「やっぱり走りやすいし楽ですね」と答えたが
実際のところ ふり返ると
それどころじゃなく 上の空運転だったのでかなり危険だったんじゃないかと思った

祖母の友人が何か食べていかないかと提案してくれた
何をするのが有効か考えた時唯一思いうかんだ ご飯を食べるを行ったにもかかわらず
アタシはお腹が空いていた ちょっとビックリ

お腹がすいてると言ったので どこかで何か食べる事にした

10時過ぎ頃 近くスーパー付近にあるうどん屋に行ったのだが、もう閉店していた
一応スーパー内のフードコートも見てきたがどこも閉まっていた

場所を変える事にして また車にのった

車内で妹や弟にいつ伝えるかって話になった
 弟は今必死でやっている運転免許試験中で
たしか明日試験だったので それが終わってからって話になった

妹には流石にはやく伝えといた方が良いよとアタシが言い
じゃぁ電話してという運びになった

妹への暗いトーンでの電話 疲れもあった
アタシの気だるいトーク 驚き凄く心配している妹 かなり温度差があった気がする
でも何かあったら絶対すぐに言ってねと妹に以前言われていたので それは果たせた

帰りしなにラーメン屋があると言っていたのでそこに行った

台湾ラーメン?よく覚えてないが一度いった事のある店だった

そこで皆でラーメンを食べ お腹をみたした

そして祖母の友人と別れ 家帰った

皆くたびれていたと思う 母とはやく休んだ方がいいね話をし
「おやすみ」とつげ 自分の部屋へと戻る

今日は水曜日 父といつも見ていたドラマがあった日だった
父はその時間になると ゆっくり階段をあがり
アタシの名前を呼びながら ドラマを見ようと戸をあけてくる

その声 その残像がよみがえった
 今にも戸を開けいつもの様に部屋に入ってくるんじゃないか
なんで今日はこないんだ 来て欲しい 胸がつまった

急いで友人に電話した いつものように会話できるかとも考えたが
流石に無理だった すぐに言葉をつまらせ
アタシは電話越しの友人の前でおお泣きした

何度も何度も お父さん お父さんって思い泣いた

ひと段落つけては また悲しくなりを繰り返していた

帰ってきたのが11時すぎくらいで もう0時くらいになってたと思う

妹から電話があった その時には何とか正気をたもち電話にでた
妹は心配だから 明日行こうと思うと言った
もちろん妹の心配ですぐ駆けつけたい気持ちは解る
でも母は、一応大丈夫だったし 妹に仕事を休ませてというのに躊躇していた感じがあったので
その様な事を伝え 母と話してみてと言った

アタシの出来る事なんてたかが知れている しかもそれが正しいのかすら解らない

明日入院するかもと言っていた友人からメールがあった
今日ぐらい一緒にいてくれないかって

もはやパニックだった 入院というワード 入院した父 今のアタシのいっぱいいっぱいな感情

なんとか整理をつけ 父が倒れた事 今日は無理だといった事を伝えたと思う

そしてアタシは もうわけが解らなくなったり 悲しくなったり ちょっと気を取り戻したりを
繰り返しながら いつの間にか眠りについた

 長い一日だった