マイノリティとマジョリティ
昨日、ネットニュースで、#me tooの特集をしていて、すごく違和感を感じました。セクハラ=女性が被害者パワハラ=権限が低い人が被害者みたいに感じてしまいました。う~ん、男性の被害者もいるだろうし、部下からバカにされ、人格否定のような言葉を言われたりしていたり、部下の振る舞いに悩んでいる中間管理職の人もいると思うんです。何が言いたいかと言うと、元々マイノリティだった人達が、色んな運動・行動によって、マジョリティになって、マイノリティを生むんじゃないかと。元々、マイノリティ・マジョリティと言葉は必要なのか疑問でした。人それぞれ違って、全く同じ人はいないのに、何かにつけて分類分けをする。その分類分けは必要なのかと・・・。多数になれば、安心で、少数になれば不安の構造を作ってないかと。ある意味、1人1人が、マイノリティなのではと。みんな違うという前提を受け入れ、「私は、違うけどそれもありだよね。」違いに寛容になれば、誰も不安にならないし、恐怖心も生まれないと思うんです。全員が、「自分はこうです!!」と胸を張って言え、「良いんじゃん」と言い合える世界になれば分断は生まれないと思います。