最近音沙汰なしの友達から
映画のお誘いがあったので、いこいこーと二つ返事でいくことに。

映画は『プレデター』ワオ!
金曜ロードショーでもザッピングに引っ掛かることさえなかった
あのプレデター・・

実はわたしものすごくこわがりなんす・・・
当時の奥ゆかしい私は血とか大きな音とか
何か狙われてる人の気持ちを表現されてるシーンとかは
完全に観れないようなのみの心臓で、
古くは仮面ライダーでさえコワくて夢でうなされているような
かわいい子でした。
しかーしある本と出会ってからは、
殺されるシーンとかを観て逆にその程度か・・・と
痛い表現とかグロいシーンとかがどーんとOKに
なってしまったのです。

パトリシア・コーンウェル
『検死官』シリーズ
シリーズ通して全部読んで
もう心の耐性が出来てしまった。


なのでプレデターの痛いシーンもグロいシーンも
なるほどーと観れてしまった。

ドキドキすることには変わらないんですけどね。
でも、呑めなかったコーヒーが呑めるようになった様な
急に大人になった感覚で 一人フフフと笑ってしまう。
大人になったなー もう32だしあたりまえか!

観た日は7月12日月曜日夜10時
TOHO六本木ヒルズ
平日の夜でスキスキ


人間の登場人物は殺人のプロフェッショナル!
そして えぇー そらないでしょう?
といういい意味でびっくりな展開!だとか
殺しあいだけでなく、
人との駆け引きとか、
悪い人がいい人になる瞬間とか
逆もしかりで
しっかりした構図があり
ワクワクした気持ちが継続。
次はどーなんのよーっ!てポップコーンを貪りつつ
次のシーンを渇望させられる。


そして
最後のシーンは (-_\)(/_-)三( ゚Д゚)
次回作に続く感じだったのですが・・・

やばい
次回作早くみたい




検屍官 (講談社文庫)/パトリシア・コーンウェル

¥860
Amazon.co.jp

有楽町の東京国際フォーラムに
インセプションの試写に。

やさしい友達がつれていってくれたのだけど
びっくりな試写5000人!

警備もなんだか厳しくこんな試写きたことねー!
と興奮気味に会場へ

チケットを交換してから一度
映画を観る前の腹ごしらえ。
32才の女として1杯では足りず、
どうせなら安いのボトルでいっとこーぜ(ノ´▽`)ノで
スプマンテをガブリガブリガブリエル...
ピザとオリーブでしょっぱいものを補給し絶好調!

お支払いは一人2500円くらい?
楽しい時間はプライスレス
2500円を高いと感じなかったのは
いい時間を過ごせたから。

そしてーいよいよ
インセプションへ

試写が始まるまえに
あの!
とか
今到着!
とか
進行の人が煽るから
まさかのディカプリオ!

思ったら
渡辺謙さんでした。
それでもうれしいサプライズ
でも私の席は2階の前から3列目の向かって左側
あまりいい席ではなかったけど
映画が始まっちゃえば関係ない。
おもしろくてどっぷり映画の中にいるから。
どこに座ってるかも忘れちゃうほどでした。

天才クリストファー・ノーランの才能を充分過ぎるほど
見せつけられました。

だって 一回観ただけじゃ わかんないんす
わたし やっぱり あたまが遅いらしいです。
でも連れて行ってくれた女子がいうのは途中インセプションしてたからだよ!
と怒られた。
確かに一瞬 いや数分意識が飛んでしまったのはスプマンテのせいだよー
といいわけし、呑み直しだーと
新宿 ル・タンに懲りずに向かうのでした。


lilyctのブログ-チケット
lilyctのブログ-スプマンテ
6月12日にTOHOシネマズ六本木ヒルズにて
ショートショートフィルムフェスティバルのプログラム上映
に行ってきたことを今更思い出し思ったことをつらつらと・・・
ACADEMYプログラム
http://www.shortshorts.org/2010/ja/official/sp_academy.html

NEO JAPAN プログラム
http://www.shortshorts.org/2010/ja/official/sp_neo2.html
を一人で鑑賞。
ACADEMYプログラム の 4本は
『アブラカタブラ』Instead of Abracadabra
『カヴィ』KAVI
『ミラクル・フィッシュ』Miracle Fish
『新しい隣人』The New Tenants

どの映画も脚本・監督ともに感性が
瑞々しくて次の作品が楽しみです。
そして感じるのはしっかりしたコンテ作り。
画づくりがほんとに丁寧なのです。
間延びしたシーンがなかったり、
変に凝った画作りをしてないところが
観ていて疲れない・飽きさせないのでぐいぐい引っぱられるのです。
いるものといらないものの取捨選択がとても上手だなぁと
ワクワクして観ているので脳内ではドーパミンが放出されていた気がします。

シンプルにいいものをつくる。
シンプルにことを動かす。
そういうのって分かってるつもりなのだけど
多くの作品や日常の自分の生活の中でも、
中々出来ないことの方が多い気がします。

一つには
いろーんな縛りの中で作品を作っていくので
条件付きで出来ること、出来るはずだったのに
出来なくなってしまったことがわんさかわっせと出てくる。
なんてのも原因です。

そんな中でどうやって自分の意見を通しながら
いい作品を作っていくのか?
制作側は試行錯誤していいものをつくろうとがんばります。
なので結果、制作側はこの縛りの中でよくここまで出来た!
よかった!と着地しても
観る側としては、なんだかつまらないなー
となってることが多い様に思います。
『結果がすべて』の作品なわけですけど、
作る側の苦虫をかんでしまっている顔はどうしても
避けられないのです。
それは日本に限らず海外でもそうだということを
アメリカでマイナー映画を作っている監督からもぼやきを
聞きました。

ま、どこででもあることです。
でもそれをどうやっていい作品に仕上げていくか?

協調と主張がうまくないと出来ないことです。
これは良い作品をつくる人、
仕事が出来る人に共通してるのが、
他人に自分の思ったやってほしいことを
説明するのがとても上手です。

そういう監督、製作だといい作品が出来る様に
思います。
もちろんいろんな監督さんがいると思いますが
場をいい意味で楽しませながら作れる監督さんは
いい作品が多いのではないでしょうか?

今回の4作品はそういう意味でとてもすばらしい
監督さんな気がします。

そして後半
NEO JAPAN プログラム
こちらにはこの日これから上映する作品の監督さんが
4人ともいらしていて、上映前に紹介されていました。

すべての作品がいい作品なのだろうけど、
アカデミーの方が素晴らしすぎて、
残念でした。
逆のプログラムを組んでいれば
よかったのになーと思いました。

ちなみに2本目の終了時間は朝5時
映画館を出て、朝日を拝んでる時は
いい朝を迎えられて清々しい気持ちでいっぱいでしたが、
朝の六本木は夜の喧噪の中の住人たちが
それぞれのbarやクラブから放り出されて
道路にとけかけた雪のように塊になってそこかしこに
小山をつくっていました。
自転車で家路につこうとする私には
障害物レースのように
あっちによけたりこっちによけたりしながら
風を切りました。

ちなみにYOUTUBEでこの2作品は観れます
興味のある方は観てみて下さい。とても良い作品です
シメーイ!
『アブラカタブラ』
http://www.youtube.com/watch?v=wDXthIW2Qkc
『新しい隣人』
http://www.youtube.com/watch?v=O3tMkI12DW4&feature=related



$lilyctのブログ-shortshortfilmfestival
6月6日に母が亡くなった
いろーいろ母に関しては物申したいことが多かったが
末期癌で病床にいる弱く小さくなってしまった母には
笑顔を見せることしか出来なかった。
といっても、
それもだいぶむずかしく泣いてばかりいたのだけど

去年の祖母が亡くなった時も
一昨年祖父が亡くなった時も
4年前父が亡くなった時も。
私は仕事を優先してしまい
看取ることが出来なかったが
幸い母の最期は看取ることが出来た。

ある人はいった。
『親孝行してないから
  看取ることできなかったんだよっ』て
ほんとにそう思う。
未だに祖父にも祖母にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
家庭の事情で一番面倒をみていてくれたのは祖母だ。
祖母には無心の愛情をもって育ててもらった。
病床の祖母は癌に蝕まれていく自分の体より私を心配し、
私の幸せを願った。
なのに恩返し出来てないばかりか、
恩を仇で返すようなことばかりして迷惑ばかりかけた。
祖母のことを思い出す時は、
申し訳ない気持ちが先行してしまうので
いつも涙腺が緩む。

母を看取れたのはどうしてなのか
そこには
人間の意思や力、みえない何かに助けられてること
運命や必然を感じずにはいられなかった。

おじちゃんとおばちゃんがそうさせてくれた、と
考えてしまうからだ。

さらに、
神秘的と言う言葉を使うと陳腐になってしまうが
私にとっては超常現象並みの現実が今際の母にあった。
普段ももちろん 感動もののテレビだろうと、
母の実父、実母とここ連続して亡くなった時も
眉根を寄せることも目を潤ませることも
ましてや涙を流すことなんてなかった母が、
最期に嗚咽しはじめ、目は焦点が合っていなかったが
大粒の涙をこぼしたのを皮切りに、滝のように
涙を流した。泣いている母をみたのははじめてだ。
私との最期のお別れで泣いているのかと思うと
私もぐしゃぐしゃになりながら泣いた。
母との今までのやり取りの中で言えなかった
ありがとうとごめんなさいを心の中で叫んだ。

葬儀の時、喪主の私はその話を
喪主の挨拶で話した。
『母の涙は話せない分涙でお別れを言ってくれたんだと思います。』と話した。
しかし
その話を受けたお坊さんの言葉は違った。
『お母さんは現世に未練がおありなんでしょうね』だ。

どこまでも自分のことしか考えてない母の気持ちを見抜いたのは
お坊さんの方だった。
場数を踏んでる方の意見に同意。
残念だけど私もそう思います。

というくらい母と私は違う人生を歩んできた。
多感な時期はケンカをしょっちゅうした。

亡くなった後、遺品の整理をしてるときに
私が20代の半ばくらいに書いた母への手紙が
母のいつも持ち歩くバックに大切に入っていた。
いつも持ち歩いていたようだ。

さすがにこれは大泣きした。
私を大切に思う気持ちがあったことの証明をみて
お互い面と向かっては労りあえなかった不器用な
親子だったけど、小さな親孝行が出来てたことを感じることができた。
そういうことも含めて
看取ることが出来たのかもしれない。

あーちゃん 死後の世界はどうなんでしょうか?
いつもどーりブリブリダジャレいってるのでしょうか?
わたしも後何十年後かにはそっちにいくので
そのときにはみんなに親孝行したいと考えてます

ブログなので
好き勝手なこと書いてますが、
親に対する態度があまりよろしくないので、
お気を悪くされた方がいらしたらお詫び致します。


父、祖父、祖母、母の冥福を祈って









こーんなことになっても着信出来、受話出来てしまうiPhone。
なんでそんなにポケットから飛び出していくのか・・・(´Д`)
何度落としたかもう分からないくらい落とし、
ある時はぴっかぴかに光るホテルのラウンジの床にぱっきゃーん。
そしてある時はトイレでとなりの小部屋に飛んでいき、
となりのおばさんもiPhoneをぱっきゃーんって飛ばしてきて、
トレード。まさかの一時のトイレ友達まで作ってくれましたね。
そして、六本木 明治屋近くの横断歩道でぱっきゃーんの時は
画面がパリンしましたね。
でも不具合なしでタッチ機能にも支障なしのミラクルを維持してくれてましたね。
でもこの前のモンスーンでの落下でフォースがなくなってしまいましたね。
でもまだまだ受話してがんばってくれてますね。
本当にありがとう。

今まで方向音痴でyoutube依存症の私の強い味方になってくれましたね。

さぁもうそろそろ次世代iPhoneがやってきます。
今までたくさん面倒みてくれてありがとう。

でも今日も4件の電話を受けてくれましたね。
電話が掛かってくるうちはしんどいでしょうけど
よろしくお願いします。

次からはごっついケースに入れて使います。

$lilyctのブログ