今、話題になっている広島の中3自殺について。

 

ニュースを見ると、

≪高校受験失敗→→→自殺=受験失敗の原因となった学校の責任≫

という風潮になっているが、混同してはいけない!

 

この少年が、

高校受験に失敗したこと」それ自体は、確かにその学校側の責任。

 

間違った犯罪記録によって生徒の未来が曲げられるなど、

あってはならないし、

仮に彼が、本当に万引きしていたとしても!

中学3年生の生徒の未来が、最善になるために、

教師(大人)は最善を尽くすべきだった。

 

でも、自殺が学校の責任であるかといえば、そうとは言えない。

 

自殺するか、自殺しないかというのは、その人間の価値観の問題だ。

 

残酷なようだが、自殺については

「高校受験を失敗したら、もう人生終わりだ、死ぬしかない」

と思ってしまうような価値観を育んだ親や、周りの環境に多くの原因があると思う。

 

 

そして、

「勉強や運動ができることや、いい学校に入ることがすべてじゃない」

「それ以外でも幸せになれる道はいくらでもある。世の中には多様性があるんだ」

という価値観を、

親や学校が教えない限り、

今後このような事件は増えるんじゃないかな?

 

先日も、受験に失敗した子供とその母親が自殺した事件があったけれど、

その母親はきっと、子供時代、親や親せきや学校から、

いい学校に入ることが唯一絶対で、それ以外は不幸かのような教育を受けてきたんじゃないかなと思う。

大人になってまで、与えられた価値観だけに固執して、多様性のある価値観に気づけなかった、一人の大人として自分の価値観を育めなかったのはもちろん本人の責任だけど。

 

ちなみに、

私も高校受験を失敗したし、

中学2年の時はいじめられて本気で死ぬことを考えた。

 

それでも、最終的に、死ぬ、という選択を取らなかったのは、

「受験」や「学歴」や「今、怒られて辛い」「今、殴られて辛い」「今、いじめられるのが怖い」

ということがすべてだと思わない価値観が、ほんの少しだけだけど、あったからだ。

 

「高校受験に失敗しても、大学に入った人もいる」

 

「今はいじめのピークだけど、そのうちこれも終わるかもしれない。そうしたら元のような生活に戻れるかもしれない」

 

「今、自分が死んだら、親は、今の自分が感じている苦しみ以上の苦しみを味わうだろう」

 

なんとかそのように考えて、私は最悪の時をやってきた。

 

 

正直言えばそれ以来、大人になった今でも、

「生きる」ということに対して執着できないでいるが、

自ら死ぬ、という選択肢はないし、

なるべく自分を楽しく幸せにするよう日々努力している。

 

 

 

ちょっと話が逸れましたが。。。

 

今回の件は、

受験失敗の要因はその学校にあるが、

自殺の要因は、本人の価値観とそれを育んだ者達にある。

と、私は思います。

 

 

 

 

※↓ソース一部抜粋FNNニュース

広島・中3生自殺 担任教師との、問題の進路面談は廊下で実施

フジテレビ系(FNN) 3月10日(木)18時50分配信

広島・府中町の男子中学生が、誤った万引きの記録で、高校への推薦受験ができず自殺した可能性がある問題で、担任教師との進路に関する面談は、廊下で行われていたことがわかった。