リリーの肺腺癌3bって誰の事?

リリーの肺腺癌3bって誰の事?

2014年1月、肺腺癌3b 手術、放射線は無理と言われ、無治療も考えましたが、身体がしんどかったので、楽になる為の抗ガン剤で、本当に楽になっちゃった現実に、今は感謝。
これまでの事これからの事、ゆるゆると書いていきます。

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こんばんは
リリーの娘です。

いつか私がしなければならないだろうと、心の底から恐れていたお知らせをしなければならない日がついに来てしまいました。

平成29年12月15日、午後17時10分頃、母は家族みんなに見守られながら天国へと旅立ちました。59歳でした。最後は薬で眠りながら、安らかに行くことができました。

12/6に退院し、それまでは元気とは言えないまでも、笑って話が出来るくらいの状態でした。それが、やはり自宅に帰るにあたり、ポンプ式の強い麻薬に変えてから3日ほどでほとんど意識が朦朧とする状態にまでなってしまいました。呼びかけても余り反応がなく、体を動かすと苦しそうなうめき声をあげ、見ている私達も本当に辛かったです。
ポンプに加え、坐薬タイプの薬を往診の先生から処方されたとき、この薬を使うと、痛みがなくなる代わりに意識はもうほとんどなくなってしまうからお話はできなくなるよ、と言われました。母は前々から、もう痛みが強くなってきて抑えられなくなったら、早めに眠らせてね、と私達に言っていました。しかし、弱虫で往生際の悪い私達はまだ別れの時が来ることを受け入れられませんでした。
すると、亡くなる前日、本当に奇跡が起きたように少しだけハッキリと意識を取り戻し、私達に「大丈夫だから、泣かないで。笑って、笑って。」と言いました。そして、「もう眠れる…?」とも。この言葉で、私達も母の苦痛を取る決断をしました。
迷惑と心配ばかりかけてきた私達が、母のために最後にしてあげられることだと思いました。
翌日、死戦期呼吸が始まり、先生からは心の準備をしてくださいと言われました。そして夕方、徐々に呼吸がゆっくりになり、泣き縋る私たちが「お願いだからもう一回だけ、もう一回だけでいいから息を吸って!!」というと、それに応えるように、最後にひとつだけ小さく息をして、そのまま天国へ行きました。最後の瞬間まで、私達のことを思い、全身全霊をかけて愛し抜いてくれました。




私達のお母さんは本当に本当に素晴らしい人でした。ビールと蟹が大好きで、自分のことより人のこと、誰よりも気遣いができ、みんなに頼りにされる頭の良いしっかり者でした。

そして、なにより私達2人の娘のことを目に入れても痛くないというほど、可愛がって大事大事に育ててくれました。溢れるほど目一杯の愛情を注いでくれました。つらいことがあると、ぎゅっと抱き締めてくれました。ケンカもするけど仲良しで、どこに行くにも、何をするにも一緒でした。どこもかしこもお母さんとの思い出ばかりで、もう会えないということが信じられなくて、これが夢ならどんなにいいかと思います。振り返ればそこにいるんじゃないか、待ち合わせしたあの場所で今も待っているんじゃないかと、お母さんの姿を無意識に探してしまいます。涙が溢れて溢れて止まりません。お母さんのいないこの先の人生をどうやって生きていったらいいのか、真っ暗な大海原を帰る先を無くして彷徨う、頼りない小舟のような気持ちです。
それほど、私達にとってお母さんは太陽のような存在でした。お母さんさえ元気に生きていてくれたら、もう他には何もいらないのに。なんでお母さんなの?なんでなんでなんで…。

癌がわかったときも、お母さんは私達に涙ひとつ見せませんでした。一人きりで告知を受けて、それから私達に先生の説明を受けさせ、冷静に、前向きにこれからの治療のことを考えていました。自分でネットを駆使して沢山の治療法や薬、治験を調べて、より効果の高そうなものはないか、常に自分から主治医の先生に提案していました。先生も舌を巻くほどでした。

そんな中で、出会ったサミットの皆さんに、お母さんは本当に支えられたと思います。
人見知りな方で、普段は余り人との交流を積極的にしようとしないのに、自分から参加したんです。するとそこで、症状のこと、治療のこと、家族のこと、なんでも相談できる頼もしい仲間に出会うことができました。
サミットの集まりから帰ると、いつも楽しそうにどんなことを話したか、私達に教えてくれました。
また、ブログを通じて知り合ってくださった方々、励ましの言葉や治療のアドバイスをくれた方々、本当にありがとうございました。
こうやって痛みを分かち合うことができる戦友が、お母さんにとって、どんなに心の支えとなったか、感謝してもしても、し足りません。本当にありがとうございました。

今はまだ、つらくてつらくて、涙で前が見えませんが、いつか私達がお母さんにもらった命を全うして、再会できるときがきたら、褒めてもらえるように、これからの人生を精一杯生き抜きたいと思います。お母さん、その時は、二人とも良く頑張ったね、って言ってまたぎゅっと抱き締めてね。




母を支えてくださったサミットの皆様、ブロ友の皆様、母に関わってくださった全ての方々に、母に代わって、心から御礼を申し上げます。本当に本当にありがとうございました。

皆様の明日が、輝き彩り溢れるものでありますように