最近、文字を書きたい時は小説を書いていました。
ポエミーなことを書いても許されるし、その方が人に読んでもらえるから。
でもそんなことを繰り返していたら、小説が書けなくなりました。
不誠実さが祟ったんだと思います。昔はもっときれいな文章が書けたのに。
いつの間にか小説アカのフォロワーは800人を超えて、四捨五入900人まで増えたのに
それに見合った文章が書けなくて、どんどん辛くなった。
いろんな人に呼んでもらえることは嬉しいことだと思ったのに
呼んでもらえても心に響かなければ何の意味もないと今更知りました。
私は文章を書くのが好きだけど、別にそれはバランスを考えリズムを構成した文章が得意なわけじゃない。
ただ考えたことを文字化して可視化して自分で振り返ることが好きなだけだった。
勘違いしていた。それに気付くのにこんなに時間がかかったらしい。
ブログはいいよね、支離滅裂な文章でいいんだもん。
言い回しや表現の稚拙さに悩むこともない。ああ、素敵な文章を息を吐くように描きたかった。
今日は映画を見に行きました。「竜とそばかすの姫」。
一部?となる部分はあったけど、総じて主人公たちの心情変化が繊細なのにわかりやすくて
こんな素敵な表現方法真似してぇ!となりました。
そう、あのね、小説を頻繁に書くようになってから私はエンタメを素で楽しめなくなった。
こういう表現したいなとか、これ使えそうだなとか、そんなことを鑑賞中に考えちゃう。
あ、それから、これは見る作品でも自分の書く作品でもなんだけど
登場人物たちの気持ちを自分に当て嵌めないと気が済まないの、私。
それがすごくやだ。
単純にまどろっこしいし、あまりにも自己中心的じゃない?
自分に当て嵌めないと、目の前の女の子がどうして泣いてるかもわからないの。
人の気持ちがわからないというか。自己中心というか。自分しか愛せないというか。
だから今日、みんなが楽しそうにしてても何にも楽しくなかった。
私は私にしか興味がないし、愛せないから。
こんなに好きで大切な人たちなのに、その人たちの楽しさを楽しめないなんて。
自分で自分に飽き飽きする、今更か。
承認欲求の塊で生きていけるのも今のうちだよ。
いずれ限界が来る、ボロが出る、具体的にはわかんないけど、必ずつけが回ってくる。
その時までに変われるなら変わりな。無理でも、ショックを受ける準備をしておきな。
大人になるってことは、変われなくなることだよ。
許されなくなって、周りに見放されることだよ。
もうお前には後がないから、精一杯最善で生きな。
