バルジャンに活を入れられ、マリユスとコゼットの愛にうっとりする巻でした。
ミュージカルでいうと、マリウスとコゼットが心を通わせ、エポニーヌがテナルディエたちがバルジャンの家に踏み込むのを阻止するくらいまでが描かれていました。
ネタばれなので、これから読む人は回避願います。
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バルジャンに活を入れられる。
バルジャンは街で、モンパルナスという19歳の無頼漢に襲われますが、もちろん腕っ節の強いバルジャンはそれを返り討ちに。
そして、そのモンパルナスに獄中での生活を語り、諭し、有り金を渡します。
329p
「何もしないことは、痛むべき方針だ。わかるだろうね。社会の財産をあてにしてなまけて暮らすこと、何の役にも立たない生活を送ること、言いかえれば有害な生活をすること、それは人を真っ逆様に悲惨のどん底に投げ込んでしまう~略~ああお前は働く事を好まない、うまい酒を飲み、うまいものを食い、楽に寝ていたいという考えきり持っていない。」
もちろん私は強盗はしませんが、そして好きでなまけているわけではないのですが、心の片隅に「楽に暮らしたい」と思ってるので、バルジャンに申し訳ない気持ちに。
「うまいコーヒーを飲み、うまい食い物を食い、楽に寝ていたい」と思わないではない。
仕事をしていると、真面目な働き者と言われるけど、本音はそんなものなので、いつも「違うのにな~」と思っていました。
マリウスとコゼットの純愛にうっとり。
理想の恋愛って、これよね~と思った。
「彼らはかかる守歌に揺られながら目を開いたまま眠っていた。理想によって圧倒されたる現実の光輝ある昏睡であった。
時とすると、コゼットの美しさにもかかわらず、マリユスはその前に目をふさいだ。目をふさぐのは魂をながむる最上の方法である。
マリユスもコゼットも、かくしてついにはどこに導かれんとするかを自ら尋ねなかった。彼らは既に到達したものと自ら思っていた。愛が人をどこかに導かんことを望むのは。人間の愚かなる願いである。」
久しぶりにうらやましいな~と思う恋物語を「レミゼ」で見られるとは思いませんでした。
改めてミュージカルって本当に、よく脚色してまとめているな~と感心しました。
これほどの大作だから、どうしても唐突に感じてしまう場面もあるのですけど、こうして読んでいると、原作とミュージカルの相乗効果で胸が痛くなるくらい感じ入ります。
テナルディエ一家は、この物語に深く深く根を広げている、影の主役なんだな~と改めて思いました。
テナルディエ一家の子どもの悲劇は、原作でないとこれほどわからないですね。
子どもはエポニーヌだけでないのは1巻でわかるんですけど、3巻でさらに新事実が!!
そしてそんなもはや人間のレベルではない親子関係もあれば、現代にも通じるマリウスの親子関係の悲哀。
どんなに愛情があっても、それを態度や言葉にしめさなくては、相手にはわかってもらえません。
でも、そもそも自分の愛情こそが全てで、それしかないと思っている人には、最初から子どもの愛情を得るチャンスはないのかもしれませんね。
マリウスを心から愛している祖父だけど、自分のプライドが高すぎて、再びマリウスを失い、二度と取り戻せないんだろうという場面があり、これは親子などに限らず、いろんな人間関係に当てはまると思いました。
相変らず、歴史や解説がエピソードの間に必ず入るので、じっくり読むと時間がかかりますが、本筋に入るとさっさと読めます(^^;)
さていよいよ最終巻です。