トシ江のがん治療は行くところまで行ったみたいです。





以前、担当医に「‘自宅療養’で通院しながら治療する。という方法もありますよ」と言われたことがある。

家に帰ってこれるようで聞こえはいいが、実際は‘残り少ない余生を自宅で過ごし、好きなことをしてみては’という意味。


うちら家族は、あんなに痛くて苦しんでるのに家になんて置いておけない。病院で少しでも痛みを和らげて少しでもよくなって少しでも長く生きていられるよう延命治療して欲しい。

とみんなが思った。



それ以来、みんなの思い通り病院に残り病と闘ってきたトシ江。



でも、ついに担当医のグループに「都留に帰ってみてはどうでしょうか」と言われてしまった。

これもまた聞こえはいいが、ようは「手は尽くしましたが癌の進行があまりに早く、薬ではもう止めることができない。もう手の施しようがない。」


という事。




家族で、近くにいてあげよう。


と決めた。





もうあきらめるしかないのでしょうか。







母の癌。

宣告されてから約5年。


一度は手術をし回復して、たきと京ちゃんの結婚式にHAWAIIまで一緒に来てくれた。


たくさん薬は飲み続けていたけれど、

今年のGWまではまだ家で元気に過ごしていました。

2010年5月に入り急に癌細胞が猛威をふるい、日に日に痛々しく辛そうな顔になっていった。


6月に入り医大に入院した。

何度も医師と相談し、いちばん良い治療方法をみんなで考えた。


たまに琴もつれて見に行くとすごく元気で、病気は治ってきている用に見えた。


体の周りは点滴だらけ。栄養剤・モルヒネ・痛み止めなど。。


本当は必死で「元気なふり」をしていただけのようです。


知らなかった。本当に元気になってきているように見えたから。


6月に入院する前、トシ江ときよちゃんに主治医の先生は

「もって3ヶ月」

と宣告したらしい。


その後は治療の経過を見ながら、はっきりと余命宣告はされず「本人の気力次第だ」と言われてきた。

たきの前では元気に過ごしているから、この先ずっと生きていけるような気になります。


でも、おばぁの前では「安楽死させて。」

と言ったらしい。


本当はそのくらい・・・生きているのも辛いくらいの強烈な痛みと闘っているんだね。




「死にたい」




もしそういわれたら。





たきはなんて言えばいいだろう。





トシ江の事だから、たきにはそんなこと言わないと思う

ケド、もし言われたら。






治る痛みなら我慢して頑張ろう。と言えるけど。

そうではない。。





怖いよぉ






奇跡は起きてくれないだろうか。