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もうかれこれセブへは10回以上通った
ここは俺に合ってんのかねえ?
はじめてフィリピンへ行ったのは ダイブ・クルージングと称するパッケージ
ツアーだった
頃は10月 内地でもまだ暑かった
成田からセブ直行 ピックアップでセブ港へ
島めぐりをしながらそれぞれポイントで潜るっていう寸法
乗船して感じたのは空港の職員とは打って変わって 船員が親切って事
スマイリーでマメに動く 威張ってんのはチーフ・ガイドの日本人だけ
船室は狭いのだが想像したほど汚くはない
どうやらシラミ南京虫はいないようだ
到着日の晩は航行中の船室で一泊
メシはバイキング式でハポン(日本人)向けに味噌汁 やきそばもある
米はいわゆる外米でパサパサ 何年か前日本でも喰わされた記憶がある
食後デッキに上がってみたら満天の星 天の川もくっきり見えてすばらしい
昔屋久島でみた星空でもこれにはかなわない
いっぺんでご機嫌になった
キャビンの正面にはバーが開いててフィリピン人のバーテンがいる
愛想がいい
ビールをもらって星を見ながら長椅子で寝そべっていた
バーは10時までで とうとう最後まで誰もデッキに上がって来なかった
日本人客が5~6人いた様だが船室で何やってんだろ
翌朝目を覚し外を見ると馬の背のような細長い島が先端をこちらに向けて
いる
セブの南端なんだそうだ
その脇にちょこんと小さな島が浮いている スミロン島というらしい
母船からボートで島の横まで行くと アウトリガー・カヌーに乗った色の黒い
痩せこけたサマジイが漕ぎ寄せて来た
伊豆のビーチでも同じでショバ代をとりにきたのだ
そのオヤジにガイドが何ペソか払いそれからセッティング
うわさで聞いた「殿様ダイビング」だ
機材のセットはもちろんタンクをしょわせてフィンまで履かせてくれる
セッティングしてくれるのはいいんだがレギを逆さに付けている
こいつらはノンダイバーの船頭のアシスタント
無理もない この国ではスキューバは庶民にとって高嶺の花
潜ってみたこともないんだろ
一発目 潜ってみて驚いた
サンゴの多様さと小魚の種類の多さ
これなら何もわざわざ遠くに高い金かけて行かなくても十分すばらしい
カメもいた ロウニンアジのメートル級も見た
なにより小物の多さは大したもの
上がってからコーヒーを飲んでると船は動き出しアポ島という所へ向かって
いるという何時間かしてアポ島に着いた
椰子の間に掘っ立て小屋が数軒ある
その隙間からわらわらオバちゃん達が出てきてうれしそうに手を振っている
やつら物売りで日本人とみるとやたら値段を吹っかけてくると言う
ボートで上陸すると はたして寄ってタカって何か買えという
みると風呂敷やら貝細工のアクセだ
いらねえと云うとあきらめて若い女の日本人客に食い下がる
かなりしつこい
知らぬ顔してさっさとセッティングして潜行
確かサンクチュアリとかいって 周囲を漁労禁止にして自然を保護してると
言ったっけ
さすがにスゴイ
バラクーダの渦 枝サンゴの平原 無数の小魚 ギンガメの大群
スミロン島より濁ってるがプランクトンが多いのかも
上がって小休止 オバちゃん達相変わらずうるさい
二本目は少し沖のドロップオフ カレントが強かった以外憶えてない
その夜 母船で移動しながら例のデッキのバーで飲んでると若い日本人の
男が寄ってきて自己紹介をする
何でも海上保安庁の船長とやらで休暇で来ているという
ツアー最終日の夜にセブ市のカジノへ行くので一緒に行かないかという
余分な金は無いしバクチの趣味はないから断わった
次の朝 目の前にペッタンコの島が横たわっている
バリカサグというドロップオフで有名な島なんだそうだ
周囲2~3Kmってとこか 標高が極端に低い
眺めていると 何艘かのカヌーに乗ったオバちゃん達が漕ぎ付けて来て
大声で物を売ろうとする
そのバイタリティーはたいしたもの にこにこして愛想が良い
東京の商売人も威張ってばかりいないで 少し見習うといい
母船からボートに移りすこし岸寄りでエントリー
いやはや このドロップオフ(垂直の崖)はすごい
カレント(潮流)はきついがギンガメの渦
なにやら長いサメが下の方で泳いでいた
地形が面白い サカナも豊富
ここで3本潜ってから上がってシャワーを浴びていたら 一時間だけ島に
上陸できるという
まだ日も高いので行く事にした
ボートで上陸すると白いサンゴガラの砂浜に乗り上げているバンガーボート
(アウトリガーの付いたでかいボート)の脇で ヨチヨチ歩きの子供達が海に
浸かってあそんでいる
周囲を見渡しても親らしい姿はない
この子達が溺れだしたら誰が助けるんだい?
人権感覚が日本とは違うと聞いてたが こりゃひでえな・・・と思う間もなく
オバサン軍団のお出ましだ
あっという間に取り囲まれ買え買えの大合唱
中にはポケットを探るのもいる
しょうがない 1,500ペソ(当時のレートで4,000円位)持ってたので
すこしのつもりで買ってやった
しかし これがいけなかった
私も 私も ってな調子で有り金ぜんぶ買わされ それでもまだ買えという
金はもうねえと財布をヒラヒラさせたら ひとりがそれをつかんで 大声で・・・
「 Change ! 」
つまり財布とみやげものを交換しろという
そうすると わたしはTシャツ オラはビーサン バミューダは引っ張るわ
グラサンを取ろうとするわ
中にはダイバーウォッチを外しにかかるババアもいる
何のことはない 集団追い剥ぎだ
島見物どころの騒ぎじゃねえ
フリチンにされないうちにほうほうの体で船へ逃げ帰った
船でその話をすると チーフのやつ
「 今まで うちの客で あの島で1,500ペソも使ったのは 記録だ 」 って
云やがんの
そういう所だって先に言えっての ったくぅ
次の日からはメモによると パングラオ(ボホール) カビラオと廻ってから
セブに帰ったとある
殆ど記憶にないのは毎晩酒ばかり飲んでたせいだろう
やはりログブックは日記風に書くべきだな
どうせ帰りの飛行機はヒマなんだから





