タイトルの通りです。

お正月、元旦に家族で顔出して、翌日の2日も私だけ行って、様子見して。。

その1時間後に容体が急変して、病院に。

そして4日に旅立ちました。

 

3日から4日にかけては、それこそ母と兄と私と父の四人で病棟に泊まりこみ、それが最期の父の力だったのだと思います。

4日、母と兄に見守られて旅立ちました。私は間に合わなかったですが、前日家族で子供のころのように過ごしたのでそれだけで十分です。

 

正月明けの仕事始めは半日だけ残務処理を終え、全て投げて忌引きに。

今週から仕事に行きます。

日常が始まるので、始まる前に自分の区切りとして、少しだけこのことについて記しておくことにしました。

 

父の闘病は約4年間でした。

胆管ガンでしたが、手術したものの、組織上、切除が危険と判断されて断念。

その後、抗がん剤に関しては、高齢であることもあり、選択せずに、対処療法のみ。

時に炎症等で入院することも多かったです。

消化器系故、一度入院になると絶食になるため、そのたびにやせていきました。

末期の時は、かなりやせていたのに、腹水でお腹が膨れて、足もむくみでパンパンで。この現状は…ちょっと辛かったですね…。

 

闘病の入院に関してはかなり母が頑張ったと思うのですが、母と父の間には共依存のような形の確執もあり…この夫婦仲も一筋縄ではいかず…(この状態で離婚話がでたりして…)

父も父で、昭和の男なので、母には厳しくて、プライドも高く。

それなのに最期の12月の一カ月は介護状態になり、母のメンタルもズタボロ。

ホスピス的な施設を検討する中での旅立ちでした。

 

今は残された母のフォローに全力をかけておりますが、ちょっと一筋縄ではいかない人なので、こっちのメンタルもゴリゴリ削られております。

 

3月末に引っ越すことを考えると…このあたりは本当に心配ではあります…

もう少し…自分や実家の心の整理をしつつ、少しずつ前に進めたら。

 

それでも私の父は病気のなか立派に闘ったと思ってます。

旅立ちも子や孫らに元気な姿をお正月に見せてくれて、正月明けに旅立ち。

それこそ四十九日は2月で、私が愛知から出るまでの猶予期間をくれる男気すらあったのではないかと。

 

取り急ぎそんな状況故、オンラインで楽しい報告が出来ないかもです。

ご報告という名の備忘録でした。