これから数回に分けて、私の
起業への思いを書きます。
ずっと前から起業したいと思ってましたけど、なんで
したいかについては、正直深く考えていませんでした。
最初はただ社長になりたい、お金持ちになりたい、
自由になりたいって自分でも思ってました。
でも、本格的に起業の期限が近づいてくると、
本当にそれだけ?って自問するようになりました。
私はなんで起業をするの?何のために?って、
毎日考えてました。。。
そしたら、最近ようやく少しずつ分かってきました。
その一つは
家族です。
1歳半の時に、いろんな事情がありまして、
親が離婚しました。
その後、母は女一人で日本に留学して、再婚して、
いまに至ります。父も4歳の時に、私から離れまして。。
それから、お爺ちゃん、お婆ちゃん、親戚のおじさん、
おばさんに育てられて、高校卒業とともに、東京にいる
母のところに来ました。
もっと複雑なことがたくさんありましたけど、
ここでは省略します。
※将来小説のネタにします(笑)。。。
要は、生まれて一度も父、母、私ていう家族の形を
体験できないまま、大人になったのです。
もちろん、育ててくれた親戚たちは、みんな優しくて、
自分の子供以上に甘えてた、感謝してます。
でも、自分がずっと他人の家にいるという意識は、
小さいながら、はっきりと分かってました。
小学校の時から早く大人になって、一人で自由に
生きたいって強く思い続けたのです。
母は2年ごとに上海に戻ってきて、旅行を連れてて
くれたりしてました。
でも、毎回2週間ぐらいの滞在で、母との時間は
いつもあっという間に終わってしまいます。
あの頃、中国では愛情、友情、親情(家族)の
順番付けが流行ってました。。
私はいつも友情、愛情、最後に親情だった。。
家族はいなくても、一人で生きていけるって
強く思ったからです。
・・・
そして、18歳の時に、東京にいる母親のところに来て、
母と日本人の父(M)との3人生活が始まりました。
※Mは大変優しくて、大好きです。
その時から気づいたのは、ほぼ母と一緒に暮らした
ことがないのに、性格や趣味など、
驚くほど似てたことでした。
最初は友達のように、毎日夜遅くまで話したり、
買い物に行ったりしてました。
でも、続かなかった、だんだん喧嘩が多くなってきて、
私はまるで反抗期の中学生みたいに、
母が言うことに対して、とにかくうるさいと思いました。
性格が似てるせいか、どちらも譲らないし、
謝らない。。。
それがかなりひどく、長い間で、続きました。。
・・・
社会人になった1年目、実家から逃げるように
一人暮らしを始めました。
最初はほとんど実家に帰らなかった、
たまに帰ったとしても、
喧嘩したりしてました。。
でも、いつの間に、月一で帰るようになりましたし、
母との喧嘩もなくなりました。
最近となって、母も私も、お互いにありがとうって
素直に言えるようになって、昔より深い話が
できるようになりました。
再度離れて、初めてお互いの重要性を
気づいたのかもしれません。
昨年年末、実家に帰って、久しぶりに見た母の顔が
著しく老けたように見えました。
その瞬間、思わず恐怖を感じました。
失いたくない!!!って初めて思いました。
こんなに大切な人が近くにいるのに、
いままで気づけなかった。。
強がってた。。恨んでた。。バカだった。。
でも、気づきました。。
自分が母のいない日々を過ごしたと同様に、
母も娘がいない日々を過ごしました。
いまやっと素直に思えます。
もっと母との時間を増やしたい、
また一緒に旅行したい、
私たちが失った時間を
一緒に取り戻したい!!!
元気のうちに!!・・・
そのために、金銭的自由、時間的自由が必要です。
起業はそれらを手に入れる大切な手段です。
リスク伴いますが、それ以上に達成すべきことが
あると信じてます。
多くの人が起業する理由の一つが家族のためだと思います、
でも忙しくなるとついつい忘れがちです。。
これからはもっともっと忙しくなりますが、
この思いを忘れないように奮闘します。
※長くてすみません、最後まで読んで頂き
ありがとうございます。
Lilian
つづく