ラジオ出演しました。
亡くなった父のお話をする為
FMレキオ
毎週木曜日夜9時からの番組
花岡蓮華さんの「言葉は神様」
父からの形見の三線持参で、
三線の花と、涙そうそう歌わせて頂きました。
お父さんに届くといいな✨
唄三線失敗しましたが💦
転んで骨折し、人工関節を入れた父
会えない日が一か月続きました
家族間では、足に入れた人工関節のリハビリを終えたら家に帰ってくる
誰もが そう思っていました
人工関節を入れた後
なかなか起き上がれない父
逆流性食道炎で吐いてばかりの日々
食欲も落ち日に日に元気が無くなっている様子
コロナウイルスが落ち着いた頃には容態は悪化していました
お医者さんから、
家族全員集まるようにと招集がかけられ
伝えられたのは
去年放射線治療した
肺がんが進行していて
余命長くて1ヶ月以内
まさかの宣告でした
家に帰るどころか
緩和ケア病棟へ移ることを勧められ
家に連れて帰っても看病出来ないということもあり
早速緩和ケア病棟へ移されることに
久しぶりに会った父は痩せ細り、
家に帰りたい、帰りたいとしきりにいいます
その日からは毎日のように父に会いに病院に通いました
食欲もなく何も口にしないので病院食はストップ
母が持ってきたレバーのおつゆをほんの少しスプーンですすって飲んだ事も。。
そこから3週間
飲まず食わずの父は日に日に
痩せ細っていき
だんだんと、声も出せなくなっていました
喉のタンを取ったせいで声が出なくなったとジェスチャーで私に言う父
薬のせいで食べ物が美味しくないから食べたくないと
家に帰って自分で好きなものを作って食べたい。車椅子持ってきて。家に帰ろうとジェスチャーで伝えてきます
家に帰れない辛さに涙がでました
次第に水も飲めなくなり、とろみをつけてあげてくださいとナースに言われ、そしてそれすら口にしなくなりました
夜は兄と交代で病室に泊まる
そんな中、
ナースさんから
本人が帰りたいというなら少しだけでも帰してみては?後々、帰せばよかったと家族も後悔しないように
と心からの親身なアドバイスを頂き
早速、実家に帰って家族に相談し
1時間だけ帰宅させようとなりました
義兄は福祉タクシーに電話し
姉は病院へ外出許可の電話
私と夫と息子と兄と母はすぐに病院へ向かいました
既に声の出ない父も、母も
しょっちゅう家に帰りたい。帰したいと言っていたので、この決断は本当に良かったと思っています。
子供と孫たちも集まり、いつものような賑やかな食卓の側で
移動式ベットに横たわり家族を見渡す父
私が三線を弾くと、小さく手首を回しカチャーシーを踊ってくれました
「お父さん大好き💕」
そう言うと、今まで表情が無かった父の顔が、くしゃっと笑顔になりました
あっという間の1時間でした
翌日から、焦点が合わなくなり
4日後、父は家族に見守られてる中ですっ
と息をするのを止めました
こんな事なら、去年の誕生日
バスを借りて家族で食事に連れて行ってあげれば良かった
元気なうちに似顔絵を描いてあげればよかった
父の動画を観たくてスマホの写真フォルダを遡ってみたけど、
父の動画はほんの4つくらいしかなくて
もっとたくさん、何気ない日常を動画に撮っておけば良かった
中学生の頃は毎日塾のお迎えに来てくれたお父さん
高校も毎日、6:30に学校に送ってくれたお父さん
三線を残してくれたお父さん
手作りの工工四をくれたお父さん
これまで本当にありがとう
天国でおじー、おばーとゆんたくしながらゆっくり休んでね
涙そうそう
三線の花
録音状況があんまり良く無くて、
声がなんだかおかしいですが💦
