浦添城跡のすぐ近くにある
浦添グスクようどれ館

この仲間地区に
沢山の史跡があるので
ご紹介しますね〜





さっそく、
ようどれ館の駐車場に
こんな物があります




浦添市西海岸の石切場跡(字港川)

牧港から港川には12〜13万年前に有孔虫の小さな殻が集まってできたマチナト石灰岩が分布しています。


別名粟石(あわいし)と呼ばれ、ほかには八重瀬町港川、うるま市伊計島のみでみられる貴重な岩石です。
石切場跡は、この石灰岩を屋敷囲いの石垣や家畜小屋の柱などの建築石材として切り出した跡です。


かつて浦添にあった石切産業について理解を深め、後世に伝え残していくため石切遺構の一部を切り取り保存し展示することにしました。

説明板より


琉球の石文化は素晴らしいですよね

グスクの美しい石垣に
琉球を訪れたペリーも驚いたそうですよ

石を切り出し
山へ運びグスクを囲う
高い技術によって積まれた
石垣やアーチ門

家を囲う石垣とひんぷん
御嶽の霊石
亀甲墓
石敢当や石獅子

誇らしい石文化です



さあ!
それでは、浦添市仲間の史跡探索行ってみよ〜!

ようどれ館にある歴史マップ

仲間集落は浦添グスクの西側に位置し、17世紀の書物には「なかま村」、「中間村」で登場します。浦添間切の番所が置かれ、古くから政治行政の中心地で「浦添の中の浦添」と称されました。

また、首里を起点に北へ向かう中頭方西海道や普天間宮への道などの主要道路が通り交通の要所でもありました。

説明板より



ようどれ館から坂道を下ると
すぐ見えてくるのが

サーターヤー跡



サーターヤーとは製糖所の事をいいます。製糖技術が17世紀の琉球王国に伝わって以降、各地に配置されるようになりました。

一般的なサーターヤーには、サトウキビの汁を絞るサーターグルマや汁を煮詰める窯小屋、薪小屋などがあり、その運営は主に、数件の家で構成された「砂糖与」(さとうぐみ)が担っていました。

戦前の仲間集落では、この辺りを含めた8か所のサーターヤーで黒糖を作っていました。

説明板より


凄いですよね。
仲間集落だけで
8か所もあったんです!



坂道を降りて行きます
素敵なおっしゃれ〜な住宅が
並びます



続いて向かったのは
クバサーヌ御嶽



クバサーヌ御嶽は、仲間集落の発祥の地と伝えられています。「琉球国由来記」には「コバシタ嶽」と記されています。クバの木の下という意味だと言われています。


この一帯はウガングヮーヤマとも呼ばれ、戦前は大木がうっそうと茂っていました。古老によると、御嶽の近くには石で積み封じた神墓があったそうです。

また、遠い昔には、クバの木の下で子供を出産したという言い伝えもあります。


拝所の祠の屋根には粟石の平たい石が使われていますがこれは沖縄戦で祠の屋根が破損し、戦後になって修復したものと考えられます。


仲間集落では5月・6月の稲二祭(ウマチー)などの年中行事に他の拝所とともに村拝みが行われています。

説明板より



厳かなな雰囲気漂います





続いては、仲間ンティラ

仲間自治会館の敷地内にあります





この中から洞穴に入れるんです






ティラまたはテラと呼ばれる拝所は、奄美・沖縄地方に分布し、その多くは洞穴になっています。仏をまつる寺ではなくムラの神が鎮座しているところと考えられています。仲間ンティラも横穴の洞穴になっています。

「琉球国由来記」に記されている長堂之嶽が仲間ンティラにあたると考えられます。

旧暦正月の初拝み、五月・六月の稲二祭(ウマチー)、十二月の御願解き(ウガンブトゥチ)などの年中行事には、他の拝所と共に村拝みを行っています。

戦前は、台座に蓮の葉が刻まれた石灯篭が立ち、拝みを行う祠は赤瓦葺きで、壁は石積みだったようですが、去る沖縄戦で失われました。現在は洞穴一帯を埋め立て、再建した祠の中から洞穴に入る形に変わっています。

説明板より






続いては、仲間樋川









市内でも最も大きな井泉(せいせん)のひとつで、仲間集落の村ガー(共同井戸)として大切にされてきました。
「樋川(フィージャー)」とは湧き出る水を樋で導き、水を容易に汲み取れるようにした井泉のことです。


 仲間樋川の樋は大きな琉球石灰岩を削ってつくった大変立派なものです。1731年に首里王府が編纂した「琉球国旧記」には「中間泉」の記述があり、その頃にはすでに樋がかけられていたことがわかります。


昭和10年にはコンクリートを用いた近代的な改修が行われ、現在の姿となりました。湧き出る水は、貯水・飲用水のタンクに溜め→洗濯などをする平場→農具や農作物の水洗い、馬の水浴びなどをするウマアミシ(溜め池)→溢れた水は苗代田へ。

大切な水を飲用水、洗濯用水、雑用水、灌漑用水の順に利用ふる工夫が見られます。

仲間樋川は沖縄戦でも大きな被害を受けず、戦後は仲間の収容所に集められた数千人の生活水をまかないました。

特別な霊力(セヂ)をもつと信じられ、人々の信仰対象にもなりました。傍らには香炉が置かれ、地域の大切な拝所となっています。

説明板より




私が去ろうとした時、
入れ替わりで
近くに住む子供達とお父さんかな?
仲間樋川に下りていきました。

今も昔も変わらない
憩いの場なんですね〜



続いて、仲間火ヌ神






こんな狭い道の奥にあるんです

通って大丈夫なのかなぁ〜と
思いました
なんだか異世界へと繋がる道のよう




崩れないように支えてあります
結構、草ぼーぼー💦



沖縄の火ヌ神には、各家庭で祀る火ヌ神の他に、ムラの火ヌ神があります。この石の祠は近世の仲間村の「地頭火ヌ神」と言われています。

地頭は琉球王国時代に間切や村を領地にした士族で、その就任や退任のときに拝んだのが地頭火ヌ神です。


また、王府の公的祭祀として、浦添ノロ(神女)がとりおこなう稲二祭(ウマチー)などでも、他の拝所とともに地頭火ヌ神が拝まれたようです。

現在は旧暦5月・6月の稲二祭や12月御願解き(うがんぶとぅち)などの年中行事に、仲間自治会の代表者数人で、ムラ拝みを行っています。


以前より敷地は狭くなりましたが、祠の石組みなどは戦前の姿をとどめています。



コンビニのある通りまで出てきました
そのすぐ側に

根殿内(ニードゥンチ)




仲間村の草分けの家「根殿内」(ニードゥンチ)がここ。
浦添の歴史の中心は仲間村であったとも伝わっており、根屋(ニーヤー)も仲間では殿内という言葉で敬称され、「根殿内」と呼ばれた。

初拝み、御願解き、5月・6月のウマチーに拝まれ、与那覇門中によって維持、継承されている。


説明板より。




道沿いにある
仲間の歴史マップ





中頭方西海道



中頭方西海道

琉球王国時代に首里王府からの命令伝達や租税の上納に使われた宿道と呼ばれる幹線道で、公事道(くぅじみち)ともいいます。

中頭方西海道は首里城を起点として浦添を経由して読谷に至るルートで、さらに北の恩納や国頭方面をつやぐ主要道路でした。




マップに、
周辺の史跡やお墓や御嶽などが示されています






御待毛(ウマチモウ)


琉球王国時代には、仲間村を通る二つの大きな公道がありました。一つは首里から牧港・読谷へと続く「中頭方西海道」、もう一つはこの道から枝分かれして当山を通り宜野湾の普天間宮へと至る道です。


この辺りはちょうど二つの道の分岐点にあたり、首里と地方を往来する国王や役人を仲間村の人々が出迎える場所であったことから、御待毛と呼ばれていました。毛は沖縄の方言で広場や原っぱという意味です。


説明板より






そここら、浦添警察署向けに行くと、
浦添中学校があります
その道沿いに



浦添間切番所跡


 
浦添郵便局北側からこの辺りにかけては、かつて浦添間切の番所がありました。間切とは現在の市町村に相当する琉球王国時代の行政区画のことで、番所は今日の役所にあたります。


番所には地頭代(ジトゥデー)をはじめとする地方役人が置かれ、首里王府の命を受け、間切内の行政を担いました。また、黒王の普天間宮参詣の際には休憩所に利用されました。


1881年に訪れた上杉茂憲(もちのり)県令(今でいう県知事)の記録によると、番所は門を南西に構え、老松が枝を広げ、フクギやソテツが植え連ねられているとあり、植栽の行き届いた美しいと施設であったことがわかります。


説明板より




そこから左に学校を見ながら道なりに進むと、、


龍福寺跡✨


目の前はグラウンドです



かつて龍福寺という首里王府の官寺があり第一尚氏以前の歴代国王が祀られていました。

琉球国由来記などによると、龍福寺はその昔は極楽寺と呼ばれ、英祖王の時に浦添城の西に建てられました。しかし往来に不便で、年月が経ち荒れ廃れたため、前谷へ移されました。

その後火災にあい、この場所に移され、龍福寺に改名されました。万暦年間の兵火(1609年の薩摩侵入)の際に焼き払われ、のちに尚寧王によって再建されめした。

その後龍福寺は、大正初期に兼城村(現在の糸満市)座波へ移転し、大正末には、美里村(現在の沖縄市)泡瀬に移転しました。


説明板より


現在の龍福寺の写真

住宅街にあります。

さあ〜1時間?くらいかけて
仲間地区の歴史的史跡みてまわりました。

お散歩いかがでしたか〜照れ


楽しかった〜ラブラブラブラブ
もっと周辺を
ご紹介したいのですが、

続きはまた今度。

最後までお読みいただきありがとうございました!!




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