私は人間が嫌いだ。

それと同時に人間に興味がある。


なんだろう、嫌いなモノほど。嫌いな人ほど興味が湧く。

興味があるクセに「嫌い」って…これがウワサの逆張りか⁉︎

まぁ逆張りだろうと、そんなことはどうでも良い。







ただ単に自己防衛反応かな…とか思ったり。


例えば嫌いな人「A」がいたとしよう。

Aにことを観察する。すると見える見える。悪いところが。イヤなところが。

………自分と似ているところが。

Aになりたく無い!という嫌悪感から、自然と観察して、どうにかこうにか、Aと近づかないようにしよう。という

自分を守るための興味かな。とか思ったりする。

自分が嫌う人って、自分と似ているからってどこかで聞いた。どこかは忘れたけど。

さっきから根拠の無い憶測をぶつぶつと申しております。








本題に入る。

私は大嫌いな人間について知りたいと思う。

どこまでも欲深い人間。人間は進化する生き物である。

殺人を犯してしまったり、誰かに依存してしまったり、悪口を言ってしまったり。

自分も含め、人間ほど可哀想な生き物はいないと思う。

私は「可哀想な人間」にはなりたくない。だからこそ、前者のような人間は「何を考え、何故その行動に至ったのか」

客観的に観察し、さらに人間の昔からの本能や、ヤヤコシイ精神を分析することによって、可哀想な人間の…いや、人間の本質を見抜きたいと思っている。


その本質を見抜いて、何がしたいかって?

それは、「なりたい自分に近づくため」そして「冷静になるため」

簡単に言うと、自分のためである。













なんかね、これ書いてて思った。

自分ってすっごく欲深いなって。

人間である以上、完璧にはなれないのに。

あーあ、気づいちゃったヨ!気づきたく無いから、ココにボソッと小さく、書いておこう。