幼いころから対人関係で生きづらさを抱え、

 

何が問題か様々な本を読み漁り、カウンセリングを受けたり、精神療法を試したりした中で、おおよそ私の精神構造が形成された経緯を割り出せた。

 

一番しっくりきたのは、「愛着障害」というワードである。

 

■親が、過保護と気分屋癇癪叩きモードと切り替わりが極端だった赤ちゃん時代(0-3歳)
→ありのままの自分が受け入れらないとインプット。親の愛情飢餓。

■完璧よゐこ、品行方正子でいれば愛されるんだ!(4-12歳)
→親に愛されるために完璧でいなきゃ!

→親以外の人たちから受け入れられるのも同じ方法か!愛が欲しい欲しい欲しい!受け入れられたい!勉強しまくる、習い事しまくる!
→がむしゃらに品行方正、よゐこ完璧でいる!
→相手に受け入れられているかどうか、嫌われないかが自分の価値を決める!
→内向的な対応になる人と慣れ親しんだ人の対応が極端になる


■自分のありのままの感情と、周りからみてみっともないと判断した姿を隠し続けて、おちゃらけ・余裕のある・スマートな人間像を演じ続けてきた(13歳‐33歳)
→相手次第で自分の出方を変え、受け入れられるか常に不安。受け入れられないときのショックが大きすぎて落ち込む。自己否定感が増大し、自分の存在意義が脅かされそうな人との関わりを避ける。(特に社会的なシーン)
→受け入れられそうな相手に的を絞り、依存して自己肯定感を埋める。
→内向的な対応になる人と慣れ親しんだ人の対応が極端になる


■ありのままを出しても受け入れられる事を一部実感したが、まだ相手次第で自己肯定感を左右される(34歳-37歳)
→自分より能力が上、コミュ力が上、身分が高いと判断した人と関わる時、相手の反応で自己評価が決まる。

→内向的な対応になる人と慣れ親しんだ人の対応が極端になる

 

こんな感じで、昔に比べると、

人から受け入れられる必要性に不安を感じることが常であったのが、

常ではなくなった。

 

だけど、社会的に責任や地位が上がれば上がるほど、自分がやられて2年前に社会をドロップアウトしたのだなあと思った。

 

これからどうするかが割と見えてきて、少し希望を持ててる感じ。