(前回の続きの前に…虹)





私の中に当たり前のようにある

「幸せの基準、幸せのものさし」は、

誰の顔で、誰の言葉?


誰が言ったこと?


それは"私"が言っているのか?










たとえば一生治らないと思っていいとお医者さんに言われて。



絶望や、悲しみ、ショック…


この肉体を、肉体としての経験を、終わらせることも考える。





こんな感じのモニョモニョの中から生まれてきた……かも?






でも、私は、在る。

永遠に在る。消えない。存在する。

魂は、そのままで在る。




そう思ったら…






一生治らないことは、不幸なのか?



ほんとうに、ほんとうに、ほんとうにそう言い切れる?






病気がないことは健やかなのか?



病気が治れば幸せなのか?







幸せとは?







たとえば、
どんなに哀れんだような顔をされても、
どんなにかわいそうがられても、
(哀れみwith可哀想爆弾を投げつけられても)



私の幸せは私が決めること。





幸せの基準、ものさしは、
誰が出してきたものを採用してる?




環境や今の状態、物、肩書きや、何かの有無。



それは、私の声じゃなくて、誰かの声。
世間や常識の声、ものさし。




私は、なにを採用してる?

なにを信じてる?誰の声や言葉を信じてる?



宇宙のはじまり…流れ星キラキラ







今までずっと当たり前のように疑うこともなく、

目に見えない、あるようでないような声、言葉。

それを信じて、採用してきた。





私の幸せ、世間次第。
私の幸せ、常識次第。




実態のないもので、ずっと自分の幸せを左右させることを選んできた。







私の幸せは、私が決めること。
私しか、それは決めることができない。



どんな背景だって、
幸せを感じられる。

ありがとうを感じられる。

涙が出るくらい、胸がいっぱいで苦しいくらい愛を感じられる。




自分の幸せは自分が決めること。