設定変更と出会って、
ノートに自分の感情とかを
バーーーーーッと書くようになって…



それに対して


「どうして?」

「なんで?」

「そうなったらどうなりそうなの?」

「それって、ほんとう?」


って聞いていくと、

さっきまで書いていた


「コレがこうなりそうだから不安」

「◯◯がこわい、こわい!とにかくこわい!!」

「だって◯◯◯だから!だから嫌だ」


っていう不安感や恐怖、ぜーーーったいに嫌!!っていうものが「…あれ?」ってなる。


「あれれ〜?おかしいぞぉ〜?」(byコナン。笑)


って、気付くんです。



「こうなってああなって…そんでこうなっちゃって……」

っていう一連の流れのように思う不安(まるでホラー映画見てるようなゲッソリ滝汗←こんな気持ち)が、
全然繋がらなくなるんです。




なぜ、そうなんだ?変だぞ??




っていう、目線になる。


眺めてる状態になる。




この目線、この眺めてる状態になると、
私はいつも正気に戻ったと感じます。




私はすーーーっごく不安を感じるので、
いつも脳内はホラー映画が上映されてるような感じなんだと思う。笑




設定変更に出会うまでは、
そんなことになってるなんて考えたこともなかった。





辞書で引いてみると、




下の正気(せいき)という方が近いかな〜





まさに源に繋がる感覚。

やってみなけりゃ分からないっていう気持ちにもなる。

底から湧き上がる生命のエネルギーが循環したような。

ぐるぐるぐるぐる、身体中を巡る。





どろどろして重苦しいような不安や
そうなるかもしれない!っていう恐怖…

見ないとそれは、ずっと見れないままで得体の知れない怖いものになる。

怖いものなんてみたくない。。

だけど、
ほんの少しでもその怖さを迎えながら、
「何が怖いの?どうして?」って聞いてあげたら、それは怖いものじゃなかったと身をもって知る。



ここ数日、幻に振り回されてグルグルしていたのに、見たら大丈夫だったと分かる笑い泣き




そして、


その不安や恐怖は実際起きたのか?
実際のところどうだったのか?
どう感じたのか?と言えば、


「いや、大丈夫だったニヒヒって胸を撫で下ろしている。



↑この自覚も大切なんだ。




やっと幻を始末した金曜日でした…笑

さっさと見る方がずっと簡単なのに!