いつの日だろうか
遠い未来を遠い過去のやうに
若き鼠が目を細め
考え始めたのは

いつの日からだろうか
近き過去を近き未来のやうに
老いた蛇が空に背いて
呟き始めたのは

古代から蛙は知っている
後悔なんて何かをやり遂げる前に
想像するものぢゃない
失敗なんて全て自分で決め付けるものぢゃない
畏怖といふ一つの観念に縛って
全てを諦めるものでもない
それを彼等は、私達は水面下で
熟知している筈なのだ

だのに、水面(ミナモ)から顔出さず
未だ来ぬ時に後悔するのは

だのに、泳ぐ事を投げ出しては
泡(アブク)を吐くのは可笑しな事か

水辺に揺れる草木の陰に頼っては
変わらぬ波動に
今日も身を寄せて居るのだろか?





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