あの時、違う事をしていれば。
という考えが、頭をよぎって、
その考えに身を委ねてしまいたい、という気持ちと
どうしようもない、という現実が突きつけられるという事実の間で、
上手に無感動になろうとしている。

俺は、生きていく価値は無いのだろうと思う。
死ぬつもりなく自然にそう思ってしまう。

好きな人、好きだった人が望む将来を手に入れた、
という事柄、
それに自分も関わることが出来たという事、
手を伸ばせば、今とは違う状況になったかもしれないと言う事。

心臓を締め上げようとしている手の気配を前に、
自分の気持ちを吐き出す事しか出来ない自分がいる。

あなたの事が大好きだった。
あなたのためになる事をしたいと思った。
あなたへの道を歩んだだけ、深く傷つくと思った。

僕は、自分の利害に関係なく、
あなたのためになる事をきちんと選択できたのだと思う。
それは、僕が弱いからでもある。
成り行きの部分もある。
だけど、僕が凄くイイヒトだったから選択できたのだと思う。

あなたが選んだその道が、あなたをずっと幸せにするとは限らない。
死にたいと、一年間苦しんだ末の、今の状態で
扱うことなんて到底無理な事柄ではあるけれど、
「あなたは凄くイイヒトだから。」って、真面目に言ってくれるような僕というのは、
幸せになる資格が、まだ少しはあるって思ってもいいんだよね?
三年前とか、四年前と同じ事を書こうとしてる。
それっていうのは、成長が無いって部分もあるし、
そういう部分をまだ持ち合わせていられているということなんだと思う。

人生っていうのは、人間っていうのは、
凄く多面的な存在なんだ。
だから、同じ事だと思えたとしても、それが完全に同じなわけはまったくないし、
多くのものを味わいながら、生きていけるってことになるんだと思う。

君は感謝しなければならない。
君を取り巻くすべての事象に。
君を助けてくれたすべての人に。
君がした努力に。

頑張れー。なんとかなるさ。なんとかなる。
為せばなる。為さぬはならぬ、何事も。為さぬは人のならぬなりけり。
過不足なく、ちょうどぴったりと、
自分を上手に信じなければならないんだと思う。
最終的には。

「苦しいから、違うもので不安を覆ってしまおう」
という部分が多分にある。
それはそれで、別に良いんだろうと思う。

乗り越えたと思えるような結果を出さなければならないんだと思う。
自分は、苦しい状況をチャラにしてしまって、
あの状況が、今の自分には、もう何のダメージも与えていないと、
そう思えるようにならなければならないのだと思う。

結果を出す以外に方法は無い。
だけど、大丈夫。
これより条件が悪い状況で、きちんと結果を出したわけだから。
逆境◎なんでしょう?