どう生きるか?

 

この問いは未来へ向けられていて。

 

 

 

どう生きて来たか?

 

この問いは過去に向けられていて。

 

 

 

 

この問いを投げている自分自身は、『今』この瞬間にある。

 

 

 

 

どう生きたいか?

 

どんな暮らしをして

 

どんな仕事をして

 

どんな生活をして

 

どんなパートナーがいて

 

どんな人たちに囲まれて

 

 

こんな暮らしがしたいとか、生活がしたいとか

 

日々できれば、楽しい事がたくさんある日常を生きたいとか

 

 

細々した条件ってあると思うけれども

 

 

そこに本当に求めている事って

 

自分の心が”充実してる”とか”満たされている”と感じられている事

 

それを、どこかずっと望んでいるんだと思う。

 

 

 

 

ずっと、誰かに言われて来た『こう生きたらいいよ!』

 

これが正解!って事柄を

 

誰かの指標を元に(誰かが作った指標の中での良さそうな”何か”を追っている事を知らずに)

 

自分の過去を選択して、生きて来て。

 

 

 

何かの拍子にそこに疑問を持って

 

その指標が自分自身の”充実感”や”満たされる感覚”を

 

本当のところ呼び起こしてくれない事に気づいて

 

ハッとする

 

 

 

 

そこからが再スタート。

 

自分自身の内側との対話を、外の情報や出来事を通して認識していく

 

そこからが、どう生きるか?という問いをスタートできる。

 

 

 

 

今この瞬間を

 

自分自身が充実した状態・満たされた状態で生きられていたら

 

その積み重ねで出来た道がその人の生き方(生き様)になっていく。

 

 

その道自体は、誰かの人生や生き様は

 

次の誰かのどう生きるか?という問いの参考材料となっていって

 

この世界の一部として残っていくんだと思う。

 

 

 

 

今、どんな人生を生きていますか?

 

どう生きていきますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は大切なモノを忘れて生まれてくる

(成長とともに忘れていく)

 

その忘れ物とは?

 

 

 

 

 

 

 

”世界と一つという感覚”

 

又は、”共同体感覚” 

 

 

 

 

”世界と一つという感覚” 又は ”共同体感覚” とは?

 

この世界の中の一部であるという感覚

 

『時間軸』『空間軸』を広げて

 

時代・今いる場所を構成している物語の一部であるという感覚

 

 

例えば、両親の先の先祖からの家系の流れの一部の”ワタシ”

 

誰かの人生の物語に登場してくる○○をする人という”ワタシ”

 

 

これを思い出すプロセスとしての人生の出来事。

 

●”ワタシ”を知る事

 

●パートナーシップで2人の共同体感覚を育む

 

●子育てを通して子供との共同体感覚を育む

 

●家族という”共同体感覚”を育む

 

●地域・社会・国という共同体感覚を育む

 

●世界・地球という共同体感覚を育む

 

・・・・・・・・・

 

私の共同体感覚(一つだと感じる世界)を思い出して行く

 

 

 

*『死』を通して、その前後で

 私たちは、『強烈に”ワタシ”個人という感覚を感じ』

 そして、今までの”共同体感覚”(一つだと感じる世界)を最大化していく

 

 世界の一部であった事を思い出す経験

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしも世界に

”ワタシ”1人であったとしたら

”ワタシ”以外が『無』(ワタシ以外真っ暗で、光もモノも自然も動物も何もかもが無い)だったとしたら

そこでは、”ワタシ”を一切認識する事が出来ない。

 

 

”ワタシ”を認識していく事

 

”ワタシ”を認識するとは、私で無い何との違いを見出して行く事

 

そこには、”差”がある。その”差”から”ワタシの人生”と”アナタの人生”を全くの別物と認識する。

 

しかし、そこにあるのは”差”は、決して”分離”では無く。

”ワタシ”という個人?という物を包括する、物語(世界)が存在している。

 

そこでは、”ワタシ”と”アナタ”がその物語(世界)を構成する一部である。

”ワタシ”や”アナタ”以上の大きな物語(流れ)が存在している。

その大きな物語(世界)を織物と例えると

”ワタシ”や”アナタ”は、その縦糸の一部横糸の一部である。

 


 

 

 

根津美術館

表参道にある閑静な場



華やかなエリアを抜けて出てくるのは



美しい日本の美



お庭も素敵



{3CD26B13-4CED-4638-9542-658610EF0A00}

私の中に居る


何人もの私は




とても大人びている
まるでおばあさんみたいな感覚の私。


何事にも動じず、
理解の領域で感情から私を切り離して
合理的。







かたや

幼児のまま育つ事を忘れた私。
感覚や持っている感性を司る私。

未発達で、
まだまだ、私の意思は無く
イマココの感覚のみ。




こちらには、あまり普段エネルギーが届いてない。

この育つ事を忘れた幼児な私は
他の人の優先事項や
社会的に誰かが言ってる良さそうな事
間違い無いことが入ってきて
なかなか外に出てこない、




だからこそ、自分でもまだ未知の領域。

 
 
これから、しっかり抱きしめて行く
エネルギーを注いで行く領域
照れキラキラキラキラ


暖かさとか


魂を輝かせる方法は



陰陽いずれの道もあり




ある域を超えた方々にお会いすると




圧倒的な視点の差


己の小ささを感じる



思考でさえ追いつかなくて



感覚や実感値などまだまだ足元にも及ばず



ただ



そこからがスタート地点也




今ここを進める以外に無い。




心の世界を教えてくれる方々は



日々、何倍もの密度で世界を捉えている




より広くより緻密に



繊細な世界の愛を知っていきたい




その前にはよく



人生の中でも最悪だっと思う事も起こる





私が、私に気づいていくプロセス



私の人生を豊かにする



プロセス












キラキラキラキラキラキラキラキラ

愛を奏でなさい

 

 

今目の前にある『  』

 

『  』を愛しなさい

 

 

『  』は自分の一部であり

 

あなた自身なのだから

 

 

 

 

そして、

 

 

あなた自身もまた

 

『  』から愛されている事実に気づきなさい

 

 

 

この世界は

 

どこまで行っても優しさと愛で満ちていて

 

それを、忘れてしまうのは

 

私たち人の意識ってやつの悪戯にすぎない

 

 

 

❤️

 

 

 

❤️

 

 

❤️

 

❤️

 

❤️

 

こんにちは。

 

週末はいかがお過ごしでしたでしょうか?

 

私はというと、とっても素敵な方々にお会いして

 

昨日はとっても楽しかったんです。

 

今日は桜の花の落ち切らないうちにお花見に行きました。

 

 

昨日からなんだか、体感が全然違うんです・・・

 

どう違うの?って聞かれるとちょっと表現しづらいのですが

 

・安心感がアップした

 

・自分の居心地を良くしていくことが少しだけわかってきた

 

まるで、幼い頃に戻ったみたいな

 

小さな小さな”今”に居る感覚が戻ってきています。

 

 

ふと空を見上げたり・・・

 

草木に触れてみたり

 

土の上を歩く感覚を思い出したり

 

花の季節の後に、いよいよ緑が芽吹くエネルギーを感じたり

 

そんな感覚がちょっとだけ敏感になってきた

 

 

そんな変化を私は感じています。

 

 

 

みなさんは、

 

どんな変化を感じていますか?

 

 

より、魂の感覚に近いところでいる時間が増えたらいーなー♬

 

今日から、改めて自分の内側の声を大切にしてみます。

 

忘れては思い出し、忘れては思い出し

 

なんかネーーー

 

調子の良い1日だったなぁ。

 

 

いつもの土日って私一体どうやって過ごしていたんだろう?

 

って思うくらいの日でした。

 

 

 

 

 

 

誰になんと言われても

 

未来や過去の不安や心配が押し寄せても

 

”今”

 

私を最高に・・・

 

 

人生は物語

 

最悪の時が振り返ると、最高の前触れ

 

 

1人でいることが寂しくて・・・寂しくて・・・

 

なんだか、わからないけれど悲しい感覚を覚えていて

 

ずっときっと

 

私の中にあった この感覚をようやくようやくキャッチできるまで

 

自分に集中してこれた感じ・・・

 

おめでとう。

 

 

当時に、過去のいろいろな場面と今日の出来事が

 

繋がりとか関係なく映像で見えてくる

 

そして、そこで感じていた私の感覚が流れてくる

 

そうだね・・・

 

見過ごしてきたね


 

 

ごめんなさい

 

ありがとう

 

愛しています

 

 

私が私に声をかけていく

 

どれほどこれを待ち望んでいたんだろう

 

やっとやっと、私が私に気づいていく

 

 

 

誰かの声じゃなくて

 

私の声に気づいていく