誰か・・・誰か・・・誰か・・・
存在・・・存在・・・存在・・・
私には、悪いのかどうかは分からないけれども、ある傾向がある、と思う。
自分の目に映っていないと、自分の手で触れていないと、
どんなに自分が関係を持ったり結んだりした相手でも、
その存在を忘れてしまう。その存在を認知しにくくなってしまう。
なぜ、なぜ、なぜ人はそうでないのだろう。
「私にはあのひとがいるから」
「はなれていても」
「アイシテルから」
ほんとにそんなことあるのだろうか
信じているのだろうか、なにかを
信じタイと思っているのだろうか
はたまた
信じられたいと思っているのだろうか
そんなことないのに。
信じてないよ、だから信じないで。
信じたくないよ、だから信じたいと思わないで。
そう伝えられたらどんなに楽だろう。
どんなにすっきりとした気分になることだろう。
一方でサミシサは残るのかもしれないが
それも一時だろう
人は、もしかしたらそういうこと考えてるのかもしれない。言わないだけかもしれない。
私も外面的にはそういう風に映るのかもしれない。
でも、この信じるというのもなんとなく適切でない気がする。
存在を意識できなくなる。感覚として。
いつでもつながってる?
いつもいっしょ?
そばにいるよ?
居ないじゃん。居ないよね?知ってるよ、あなたは居ない。
どこにいるのか知らないけれど、少なくとも、ここには居ないよ。