✨愛することは愛されること✨
人生は路地裏の様なものだ。
確かに存在しているが、そこへ訪れないかぎり全く見知らぬ土地のままで、存在さえ気づかないで素通りしてしまう。
それぞれの路地にある種の生活の匂いがあり、灯火がある。
散歩でのいつもは通らない道先の、旅行で訪れた場所の日常の街並みの、その中にも生活があり人の生き様があるのだ。
それに巡り合う必然と偶然は、人との出会いにも似ている。
ある女性が自分を生かす為に、人とのコミュニケーションが必要でその時々で出会った人と交流を深めていた。
問題となる原因が複雑で簡単に結論はだせないのだが、彼女のやり方が私のやり方の真逆すぎていたので衝撃だった。
そんな中、知り合った男性に自身の相談をし、問題の緩和になるかもしれないので、協力してもらえないかと持ちかけた。
その問題は他者により解決するはずもなく、関わったとて一時の気晴らしか逃避にしかならない。
しかし、それ以上に人助けと好奇心という、大義名分と欲求による偽善はあまりにも魅惑に満ちている。
結果、男性はその誘いを受け、あるものを失い、また女性もその男性を失った。
これまでに関わって来た人達からは得る事の出来なかった、ある意味ギフトを彼女は彼から受け取ったのだが、永遠に続く関係ではなかった。
終わりが分かった時の彼女の絶望感はいかばかりだっただろうか。
私には分からないが、おそらく失望とどうせこんなものだ、と言う納得にも似た諦めがあったのではないだろうか。
なぜなら、そこに愛がないからだ。それは彼に対する愛ではなく、彼女自身に向けられるべき自己愛がない。
自分の傷と弱さを餌に大きな釣り針をぶら下げてヒットするのを待ち構えている。
どの様な状況でも自分を愛しているならば、おそらく彼女を本当に愛してくれる人は現れたはずだ。
自分を貶し哀れんでいた先に出会うのは、それに等しい想いを分からせてくれる人しかいない。
私は彼女に共感もないし同情もしないが、彼女の心の闇は痛いほど分かる。
もしも、彼女がそんなに大きな釣り針を使わずに、正直にただ愛されたいんだと、大切にされたいだけなんだと認めることが出来たのなら、こんなややこしい事にはならなかったのではないだろうかと思うのだ。
愛されたいのなら、自分自身を誰よりも愛していなければならない。
愛は誰かから与えられるものではなく、自身から湧き出てくるものであり、与えたからこそ与えられるものだからだ。
ギブアンドテイクではないのだ。
彼女という路地裏に足を踏み入れて、愛されること、愛することを目を惹く嘘や偽りで奇麗にデコレートしても、甘くも酸っぱくもない無味無臭のパサパサとした虚しさだけが心に拡がるだけだと思った。
しかし、他者の人生に干渉しないを信条としているので、彼女の人生には彼女の、やり方や責任があると思っているので、基本尊重はしている。それもまた彼女が選んだ人生なのだから。
通りかからなければ、知る事もなかった別の生き方。
もう2度と関わり合いたくはないが、愛するとは、と改めて考えるきっかけを与えてくれた彼女に感謝している。
そして、どんな時も私は私で本当に素晴らしいと感じた。
全ての経験にありがとう。
愛を込めて。
