✨あの日の君へ✨

怒りというもの
あまりそれを出さずに抑え込んでしまう。
家族や元パートナーには比較的それらを出しやすいが、それでもその感情を出すことに、罪悪感や嫌悪を感じているため、自己嫌悪に陥りやすい。

色々なカルマや負のエネルギー、感情、(そもそも感情に正負はないと思うのだが)を出さないというのは不健全ではないだろうか。
それらを放出した先に感じ得るものがあるとするのなら、それを引き出してくれる事柄や配役が必要になってくる。
そう思うと、一見悪役、嫌な奴という立ち位置の人は自分にとって必要な存在なのだ。
それがあるが故に自分の中の感情や想いを爆発させ、発散させてくれるのだから。

今世、私はあらゆる全てを包括し体験する最期の人生だと思って生きている。
だからこそ、人生の前半は苦行の連続で理不尽で諸行無常を感じる半生だった。
それでも何か目には見えない、大いなるものの流れと命を魂では分かっていたので、ここまでの人生を腐らずに正直者が馬鹿を見る、を地で行く人生を送って来た。

おそらくそれは、私を取り巻く古の魂たち全ての願いでもある。願いと希望と愛を私に集中させ、託しているのだ。
だから、私は今生において、例えば遺伝的な何かや、因果と言われる様なものを完全に断ち切れると今は思っている。
何の根拠もないが私の魂がそう言っているのだ。

嫌なことや辛いこと、理不尽なことが盛り沢山の代わりに、私の肉体を持って地上におけるあらゆる制限的な理を、解消しようと決定して降りたったのだ。
カルマと言われるもの、負の感情、達成出来なかった想い、そういったものの一切合切を請負い、期待の星として志願し送り出されてきたのだろう。
それは何も特別な事をする必要はない。
私らしく生きる事が全てだ。
こうして何かをその時々で気づき
自分で納得出来たなら、すでにそれが答えであり、そこが目指すべき目的地なのだ。

だから、何も問題はないんだよ。
私が感じたこと、そこから導き出された答え、それを到達する為の全てが、ストーリーで事象に過ぎないのだから。
その過程を一つづつ丁寧に越えていく、その歩みこそが尊いのだ。

気づいた時には、全てクリアになり解消されている。

そして、因果応報と言う鎖さえも断ち切っているのだ。

愛を込めて。