先日、ある方から、ご自身でお使いの水晶のブレスレットを見せて頂きました。
それは、ヒマラヤ水晶の、
いわゆるパワーストーンと呼ばれているブレスレットです。

この春、ご縁があって、この方に水晶をお勧めしたところ、
早速ご自宅の近所のお店に出向き、ご本人が直感で見つけて来られたものです。
それ以来、いつも肌身離さず付けていらっしゃるということでした。

水晶のブレスレットですので、普通は、透明な深みを呈するあの水晶のはずですが、
このブレスレットは、身につけているうちに、連なっている水晶玉のうちの2/3は白濁してしまっていたのです。
もちろん、購入時は、ピカピカの透明の輝きを呈していたのです。

手に取って拝見させて頂いたのですが、
外側に傷がついるなどの理由で、透明度を濁らせているのでもありません。
石一つ一つの内部が、白く濁っているのです。

この石は、主人の健康を守るために、
不純物や手放すべきエネルギーを、
全て自分の結晶の中に、吸収して閉じ込めているのです。

この石は、まだもう少し働きたそうでした。

ここまで強力な変化を遂げている石を見たのは、本当に久しぶりです。
この石は、正真正銘、主人のために働いてくれている「本物」です。

◯ ◯ ◯

ところで、私の石では...

ルチルクオーツのブレスレットは、中の針がどんどん成長しています。
実は購入時は、ルチルにあるべき「内部の金色の針」がほとんど無いものでしたので、
良く見ないと普通の水晶と間違えるほどでした。
今でしたら、立派に「ルチルクオーツ」といえるほどに成長し、良い感じです。

また、ヒマラヤ水晶の結晶で、
頂点を軸に、幾重に連なる
ピラミッド型のファントムのあるものがあるのですが、
それぞれのピラミッド型のファントムが、よりはっきり、くっきりと成長しているのです。

そして、キッチン台の黒の御影石。
真っ黒の石に、シルバーの粒子が散らばっているものです。
御影石は、とても固く、また大理石と違って粒子が密なため、水や細菌が入らない、また化学薬品などの影響を受けにくいという性質があります。
いつも私が料理をする「立ち位置」があるのですが、そこの1つの粒子が、最近、パープル色に変化してしまいました。

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数億年かけて成長してできた「石」ですが、現在もまだまだ「現役」で、刻一刻と何かに向かって成長しているのです。
本当に自然界は素晴らしい!
昨日は、とても素敵なご家族が私を訪ねて来て下さいました。
I さんとそのご一家で、遠く青森からお越しいただきました。

最初の出会いは、ご主人様の妹さんからの紹介でした。何しろ遠方であるので、スカイプで音声を使ってリーディングさせて頂きました。その後、メールでのリーディング、そして東京にお住まいのお嬢様もセッションに来られました。

I さんは現在、お母様とお姉様、そしてご主人様の4人で青森にお住まいです。
ご主人様は、勤務先で急に倒られ、頸椎を含む複雑な手術を数回受けられました。躁鬱症状に悩まされ、薬との追っかけっことなり、その後社会復帰ができない状態です。
生まれつき脳障害をお持ちのお姉様と年老いたお母様のお世話、そしてご自分のお仕事と毎日が大忙しです。

普通だったら、ここで泣き言の一つや二つは言いたくなるところです。
しかし、笑顔の素敵な I さんからは、余裕さえも感じられるのです。小柄な方ですが、気丈というよりは、与えられたお努めを全身で受け止めてていらっしゃるようです。
確かに、過去生で何度か看護婦さんであり、その中でも戦地の前線で従軍看護をされていたこともあったようですが、その持って生まれた看護者気質と大きな愛情で、家族全員の体調管理を一手に引き受けていらっしゃいます。

ご主人様、そしてお姉様についてもリーディングをさせていただいたのですが、突然の事故、あるいは障害を持って生まれて来た理由が、中間生で決めた魂の目的を達成するために、あえて必要であったことも提示されました。
(チャネリングでしたので、詳細はあまり覚えていないのですが、ただこの「選択」は「目的」のためであったという大切な鍵は強く印象付いていました。)

お二人とも、とても高い目的を携えた強い魂をお持ちで、それ故に、試練の道を選ぶ必要があったということ。

そして、お姉様に関しては、あえて障害のある状態を選んで生まれて来たということ。

ふと、聖書の言葉が私の頭をよぎりました。

「弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生まれつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである」。
ヨハネによる福音書第9章2-3節

この生まれつき障害を負った盲人の場合、その方が担った障害や試練は、因果応報や勧善懲悪の結果ではないということです。
この「神」を第三者として「神が癒してくれる」と捉えるのではなく、「魂=自己の神聖」と捉えるとき、そして「みわざ」とは「霊的な真理」あるいは「霊性の向上(次元上昇)」と捉えるとき、「修行のために難しい試練を選んだ」というのが理由でも、不思議ではないように思えるのです。

今生の試練は、輪廻転生の「人生ゲーム」で、一気にゴールに近づくために選んだ「宿命」だったなのかもしれない。

そして、境遇に負けず、笑顔でお世話している 
さんも、人生ゲームでは、一気にゴールに向かって躍進しているのでしょう。

合掌

「世界報道写真展2012」
http://syabi.com/contents/exhibition/index-1587.html

今回の写真展で大賞となったという写真を目にしたとき、何とも表現しがたい悲しみと、その後ろを取り囲む静けさに、思わず胸がすくわれました。

その写真は、イエメンのモスクで、黒のニカーブを纏った女性が、傷ついた半裸の男性を抱きかかえている姿を捉えた画像です。

アラビア半島に位置するイエメンは、あまり、私達日本人には馴染みがないかもしれません。
しかしイエメンは、古代ギリシャおよび古代ローマ時代には、「幸福のアラビア」と呼ばれるほど、平和で美しい国だったところで、紀元前7世紀頃には、「シバ王国」が繁栄したところです。

この写真は、2010年に起こったチュニジアでの騒動が飛び火し、その後エジプトを含むアラブ世界で発生した
いわゆる「アラブの春」での一場面です。

このイエメンの女性は、看護婦さんなのでしょうか。あるいは、緊急に招集された若い一般市民の女性なのかもしれません。

傷ついた若い男性は、彼らの抗議運動で、何かが変わると信じていたのでしょう。
武器を持ち、集団で戦っている時のつかの間の興奮。
兵士に限らず、一般市民でも同様に、感情の高まりが全てを支配してしまう世界。

しかしながら、その本質は、肉体を持った、傷つきやすい一人の人間でしかないのです。そのことを、この女性は知っていたような気がします。

この写真に流れる静けさは、この女性の叡智を物語っているからかもしれません。

[ご興味のある方へ]

場所:東京都写真美術館(恵比寿ガーデンプレイス内)
開催期間:6月9日~8月5日
開館時間:10:00~18:00 (木・金は20:00まで)

「1年を通じて世界各地で開催される「世界報道写真展2012」を今年も東京都写真美術館で開催します。今年は、2011年に撮影された10万1254点の中から選ばれた、計57人の写真家の作品を展示します。
今年1月から2月にかけてオランダで開かれた「世界報道写真コンテスト」には124の国と地域から5247人の写真家が作品を応募しました。コンテストの受賞作を展示する本展は名実ともに、世界のトップクラスの報道写真を目にすることができる貴重な機会です。」
(東京都写真美術HPより)