今まで、「そーだよ」って軽く考えていたことだけど、きっと重たいことなんだと思う。
小・中・高(たぶん幼稚園も)担任の先生にどっちかというと、好かれていた生徒だったと思う。
所謂”いい子ちゃん”だった。
クラスの皆とも仲良くして、自分が周りから嫌われないように、いい子ちゃんを貫いていたと思う。
それに伴い、未だに自分のアイデンティティーから離れないのが「姫」
家族にお姫様のように育てられたこともあって、所々で「姫」な部分が表れてしまう。
だから上から目線で人を評価してしまうことがよくある。。。
でも、この聖書箇所を読んだとき、神様は人間のように自分の感情によってこの人は80点、あの人は30点と点数付けしてその人との関係を築くわけぢゃない!ってコトを再確認させられた。
そんな公平に降り注がれる神様の愛をあたしはこの人には80%、あの人には10%、あの人には120%と、その人との関係や、自分の感情で、コントロールしてたなーって思った。
そしてこれが今あたしがwork onしているいくつかあるチャレンジングなこと。
兄弟愛
自分はその人を苦手だと思っていても、神様はその人を愛している。
その人をなぜ、神様と同じように愛せないのか。
自分の愛や感情をその人に向けるんぢゃなくて、神様の愛を通してその人と関わる。
まわりにいい子ちゃんと言われるために装うんぢゃなくて、神様にいい子だと言われるために心から彼を信頼て、従っていかないと行けない。
そのために必要なことは
愛
しょうもない一時的な愛じゃなくて、一生モノの愛。
これが、一番大切なことだと思う。そしてこれが、一番難しいこと。
○○さんの頼みだからやる。 ○○くんの頼みだからやりたくない。
ぢゃなくて、神様が○○さん/○○くんを使ってあたしにこれをやらせようとしてるんだ!
っていう思いで、ひとつひとつの行動が出来るように、ちょっとずつでもやっていきたいと思う。
"All men are like grass, and all their glory is like the flowers of the field; the grass withers and the flowers fall, but the word of the Lord stands forever." (Isaiah 40:6-8)


