π+2-ソ=4

π+2-ソ=4

My life is very "fucking" bitch.
クソみたいな人生クソ食らえ。
思ったこと、感じたこと、愚痴りたいこと、色々好きに書いてます。
「周りなんて気にしてたら自分腐る」

このブログは自分の気持ちの整理のために書いている。人に読まれることは考えてないので好き放題書く。書き殴る。


偶然かもしれないが、

あれから既に15年経ったらしい。


卒業式終わり、受験が終わって開封してなかったDISSIDIAをやっていたら地震が来た。

最初は小さめで、徐々に次第に大きくなって勉強机の下に隠れた。

棚やタンスは倒れて部屋の中はもうめちゃくちゃで。

人間は生命の危機に瀕すると目の前の散状より、なんとかしないとって使命感・義務感に無意識に駆られるらしい。

それからあっという間に過ぎたけど、寒かったのは覚えている。


高校入学もマスク着けて不安を抱えて。

本来やりたかったことは、大したことではなかったかもしれないけれど、起こらなければまた別の人生を送っていたかも。

また、今こうして記事を書くことも無かったのかもしれない。


ただ間違いなく言えるのは、抱えなくて良い不安・罪悪感・無力さを思い知って、取り返しのつかない選択をして迷惑や悲しませることをしたことが未だに残っていたりする。

15の子供なんてまともな判断ができるわけないし、30になった今ですら何も本質は変われてないんだ。

大人になったつもりでもガワがそうなだけで中身なんて何も変わってない。


だからまたこうしてタヒについて考えることになってる。


毎日小さな嫌なことの積み重ね。

完璧で完全なんてないけれど、

自分の生活を守るために精一杯。

それでも嫌なことは雨のように降り注いできて逃げ出したり投げ出したりしたくなる。

誰かに逃げてもいい、投げ出してもいいと赦して貰いたくもなる。


でもそれをすると15年前の選択と同じで重荷に押し潰されそうになる。

本来持っている覚悟を、その枷によって閉ざされるみたいに。


自分のやりたい・なりたい漠然とした理想形を、今ここで諦め……というか逃げて投げ出してしまったとしても。

別に何にもならないだろうけれど、

タヒんだ後の自分自身がきっと赦せないだろうし、

それだとしても苦しみながら、苦しんだまま生きる今がとてもつらく感じる。


正直、早めにタヒるのは可哀想だったり残念とは思うけれど、ある一種の賢い選択なのかもしれないと思わずにはいられない。


自分の過ちを繰り返さない為に、

自分自身を縛り付けて、

なんとか今日まで生き続けて、

タヒんだ屍のような状態かもしれない。


なら、どうすればいい?


不満や不安を抱えて考えても解決しないことはわかってる。

答えなんて動かないとわからないのも。

それでも嫌なことや耐え難いことが雨のように降ってきて差す傘なんてない。


毎日を楽しく成長しながら新しく働ければどれほど幸せなことか。

砂浜に埋まった宝石を波に攫われる前に探し続け、諦めて、また探して、それを繰り返してるのが今なんだろう。


生き甲斐を見つけ、

やってるつもりでもただ誤魔化してるだけで、

ひたすら人間として生まれたことを考えないように必死に時間を過ごす。


わからないままだ。答えなんてないのはわかってる。でも考えることを辞めたらどうなるのか怖くてできない。

自分が自分ではなくなる気がして。


まだ理性を保てているから自分を保っていられる。


でもそれは良くも正しくもあり、つらいことでもある。


………わからないな。


頑張れとも、なんとかなるとも、何も言えないんだ。


恋をして、結婚して、子供を育てて。

そんな世間一般的な普通のことを自分はしたくない。面白くない。

半分流れている血筋を断つためにも、

その縛りを全うするためにも。


普段考えなくて済むように計画を立てるも、

またこんな風に不安・不満に煽られて考えるようになる。

なんてつらいんだろうか。


導きが、正してくれる、赦してくれる人を求める彼の思想がよくわかるよ。

俺もそうなりたいくらいだ。


いったいいつまで1人で闘えるのだろうか。




最期まで腑に落ちないだろうな、きっと。


日中が暑すぎて何もできなかった反動で、

夕方というか8時から12時まで4時間も犬と昼寝?してしまった。

明日は仕事だから睡眠保険の効果時間がイマイチ君なのでこんな時間まで起きておる。


個人的なニュースは更新されたチェンソーマンでデンジが早川家の日常を覚えていたところが涙腺崩壊だった。

なんかかつての日常って尊くも切なくて儚いよね。

当時は当たり前だった環境が、今は二度と戻らない。

自分も高校時代のほぼ自炊一人暮らし生活の日常を思い出した。

大変だったけど良いこともあったけど、もっとやれたのでは?って感じ。

あとあの時の物価はもう戻らないんだよなぁ。切ないね。


次に、自分の今後の動向について。

貯金して資金を作っていくThunderbolt計画は早くても来年の夏頃?にでも出来れば理想かな。

趣味や好きなことについては大方集めたしやったし、今後無理してやりたいこともあまりないから守りを固めるとして理想的だと思う。


とりあえず今年の9月はレゼ篇、

10月はBF6、

11月は17-26、

もうこれだけでワクワクが止まらない。

オラすげぇワクワクすっぞ!


あと話し飛び飛びになるけど、

Thunderbolt計画については、

持つべきものは友だなぁと強く思った。

元々、建設的な話をする仲なのにふざけてばかりで思い出すのに時間を掛けてしまった。

まぁそもそも車のローン残ってる時点ですぐ実行に移せないからどうしようもないっちゃどうしようもないんだけれど。

それに、車は趣味なのと、今後の資産として全然可能性はあるから決して悪いことではないからね。


今後の道標として、

ちゃんとやれてると感じると正しく生きている実感と自信が湧いてくる。

北の大地で培った勘は決して無駄ではなかったよ。

自分自身のことは嫌いだけど、

自分を信じてやれるのは自分だけ。

だから精度を上げていこう。


あと、自分は書き物をしながら考えたり、

話しながら勝手に自己解決するめんどくさいやつだから、こんな日記を中学の時に習慣にしていたことがある。

それを今改めてやってる感じだね。

どうせ読むのは自分だけだし、

あんなことしてたな〜って思い出す指標にもなるからね。

写真だけだと思想は残せないからね。


さて、時間もそろそろいい頃だし寝るとしますか。


実際の行動中にどうでもいい大衆論に流されないよう、今日思ったことを整理していこう。

では、また逢おう……

どーもー金玉でーす。

今日は愚痴を書き殴っていきたいと思いまーーーす。


まず早速ですが、休憩時間15分前に仕事初めて1時間ノロノロ仕事されて何もすることなく付き合わされて休憩遅れるの物凄く困りまーーーす。


なんでテメェは直前に仕事とか見つけてくんのや?考えろよ少しは

挙げ句に手持ちの仕事開示してねぇくせに、ダラダラやって他の仕事できませんって勤務姿勢が物凄く鼻につくんですよね。特に最近はわりかし酷い。酷すぎ。


人に迷惑掛けなければ問題ないですけど、

まぁー掛かりまくってて腹立つんですわ。


仕事の処理は遅いわ、

勤務姿勢は酷いわ、


ついでに意味不明なタイミングでやる気出してこっちに投げてくるのやめろや。

退勤前ギリギリにされるのすげー困るし、

やられたら腹立つのわからんのか?


そもそも勤務姿勢が最悪だから自分はそれないっての、そのうちやり返したろかな。

許せねぇよなぁ?


自分は安全、

自分にそれはない、

自分は仕事いっぱいだからやりませんとか、

まじで許す気ねぇからな。


終わってんだわ。


ここに書き殴って休みの日にぷかぷか浮いて思い出さんようになったら助かる〜



ほんとお疲れ様、俺。

んじゃ、おやすみなさい。

また1日だけ頑張って、明日を迎える。

惨めは寂しい、明るく生きねば。


でも俺には目標が出来た。

目指せサイドFIRE!!

がんばろ!

え〜仕事の愚痴を書かせて頂きたいと思います。

まず班が最悪で、トロールと急に消える人となにもできない人がおります。

つまり私にほぼ全ての仕事が連日のしかかるわけで。

結果、仕事バリバリできるワタスのパフォーマンスが落ちていき、抜けやミスが増えるわけで。

それに気付く輩はだいたい感情的に怒りをぶつけたいわけらしく。

普通に冷静に考えればワタスはそんな無責任しないのに、なぜ抜けた?ミスした?と落ち着いて聞けば論理的に弁明しますよ。

でもね、感情的だから理解させる説明をするのも面倒なのでボクワリーでええですってなるわけです。


つまり俺がいっちゃん偉い。


惨めは哀しい。

明るく生きねば〜


頑張れワタス!

自分がなにかアクションを起こすと、それに伴って何かが起きる当たり前のこと。

これをバタフライ効果と言うらしい。


生憎にも、残念なことに、歪んだ秩序の好き放題な状態のくせに僕らは無償で対価を捧げなくては生きてはいけない仕組みが出来上がっている。考えたやつは頭がいいけれど、それと同時に屑だろう。


正義と悪なんて最初からなくて、あるのは局面から見た自分にとって印象が良いとか、都合がいいとか……そんな側面しかないのだと思う。


つまり、何が言いたいかというと平等に価値がないということ。

捨てたもんじゃない世の中から、一気に頑張れとしか言えなくなるようになってしまった。

根本から狂っていたのかもしれないけれど、誰が見てもおかしいとわかる。


しがらみさえ無ければ、もっと自由なのかもしれない。



さて、なにを以て生きてると言えるんだろうね。