飯能焼き

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 昨日、年度末のお世話になった先生、職員の方の送別会の記念品を買い求めに、飯能焼きを買いに行きました。飯能焼きはタイ焼きやお好み焼きなど食べ物ではありません。陶器、焼き物です。
 埼玉では有名な名門百貨店「丸広」東飯能店に行き、飯能焼を見たのですが、そこでの品揃えに満足できず、「窯元(かまもと)もここから20分くらいですよ。」との店員さんのお言葉で、住所をいただき、車で窯元まで行くことにしました。
 窯元は南高麗(みなみこま)というところにあり、私が住んでいる飯能市美杉台からなら10分。大学からも20分のところにあります。これだけ近いところなのに、まわりはすっかり武蔵野の里山の風情を色濃く残す山林で、そこを流れる小川を抱くように窯元の建物が建っています。
 このあたりは夏なら蛍が舞うことで有名なところで、今は桃の花が満開で、のんびりした時間が流れていました。
 展示室で、記念品にすべきものを品定めしながら、「飯能ってこういういい田舎なんだよな。」としばし「忙中閑あり」を楽しんでいました。
 買い求めたのは、ビアマグ、湯呑み(コーヒーなどにもあう)、湯呑みのソーサーにもなる小皿の3点セットでした。
 手になじんで軽やかで、駿大ブルーがとてもきれいに出ている焼き物で、記念にしていただくのにうってつけだと思い購入しました。

 自分たちの土地を愛する。土地に根付いた文化を愛する。私たちはラグビーの文化がこの飯能に根付くことを私たちの活動の一つの目標にしていますが、そのために、ここ奥武蔵にあるこういった文化の一つ一つを大切にしながら、共有したり、共鳴したりすることもとても重要なことだなぁと思いました。
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3年B組金八先生

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 まったくラグビーと関係ないですが。

 27日(日)に「3年B組金八先生ファイナル 4時間スペシャル」が放映されました。実は録画したものの、まだ見ていません。
その前日26日(土)に金八先生スペシャルが放映され、過去の出演者の方達をゲストにして、過去の第1シリーズから今までの名場面を特集する内容でした。
 私は金八先生は第1シリーズ、第2シリーズをリアルタイムで見ている世代で、この番組が、教師を目指した自分の進路にも影響を与えているように感じます。(水谷豊さんの「熱中時代」の方が当時は好きでしたが。)
 「いったい自分は何に感動して、このドラマを見て、教職を目指すようになったのか?」ということを考えながら、このスペシャル番組を見ていたのですが、金八先生のすごいところは、「自分の至らないところは至らないと素直に認め、その上で、生徒と一緒に成長していこうと誠実に、前向きに努力するところ」という一点に尽きると思うのです。決して器用ではないけれども全身全霊でぶつかるからこそ、人の心に響く。
 私自身、今回このスペシャルで思ったことは第1、第2シリーズの武田さんの方が、俳優としては未熟で(大変申し訳ありません)、その分、気持ちが全面に出ていて、そこに俳優武田さんではなくて、金八先生が生まれているような気がしました。その後は、歳を重ねながら、演技の幅を拡げるとともに金八先生の包容力も広がってきたように思いますが、この頃の金八先生が私は一番好きです。 
 余談ですが、第?シリーズか、スペシャルかわからないのですが、金八先生が結婚し生後間もない長女の乙女ちゃんが、重い病気になるというストーリーがあるのですが、そのあたりの金八先生は、「刑事物語」の片山刑事そのままで、筋骨隆々、むっきむきで、髪型はジャッキー・チェン。「ちょっとこれ、国語の教師というより、格闘技の師範じゃない?」とちょっとどん引きしちゃう感じの体格でした。
 金八先生はいろいろな場面で泣いてしまうのですが、やはり第2シリーズの「卒業式前の暴力2」が何度見ても泣けます。
 荒谷二中に乗り込んだ、加藤優が逮捕され、護送車に入れられ、車が走り出す後をお母さんが後を追うように走り・・・だんだん引き離され、あきらめてうずくまり・・・、そこに中島みゆきの「世情」のサビの「シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく・・・」の歌詞が流れ、80年代初頭の足立区の街中を護送車が走り去っていく。
 もうわけもわからず、号泣してしまいます。その後の、警察で逮捕された加藤達が釈放される際に、(アドリブで)金八先生がビンタするシーンもいいんです。(もちろん体罰はいけません)
 こういう本音で、本気でがちんこでぶつかりあえる関係っていいなと思います。

 私自身、ラグビーを通して、本気でがちんこでぶつかりあいたいと思っています。
 第1シリーズの主題歌でもある「贈る言葉」にこういう歌詞があります。
 「信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷つく方がいい」
 がちんこで信じて、がちんこで分かりあえる裏表のない信頼関係。

 選手、スタッフ、部内のみんながそんな関係だったらいいなと思っています。
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Welcome back!

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 25日に鈴木監督が帰国しました。
 成田から飯能までの移動の大変さに、震災を受けてNZに行く前と一変した首都圏を実感し驚いていましたが、さすがに夏の南半球から帰国しただけあって、日に焼けて精悍な顔つきになっていました。煙草もやめて毎日走っていたとのことです。
 26日(土)の練習からチームに再合流しましたが、監督が戻ってきたことで部員間にも安堵感?というかホッとした雰囲気が感じられます。
 鈴木監督もNZでの勉強を踏まえ、ラグビーの引き出しがだいぶ増えたようで、指導する上での自信や奥行きが前にも増して大きくなっているように感じました。
 それだけに選手がモチベーションを高くもち、質問したり、積極的に教えてもらって、自分から監督の引き出しを積極的にあけて、どんどん個人・チームをレベルアップして欲しいと思います。

 自宅のある通りが桜並木なのですが、桜のつぼみがピンク色にだいぶ膨らんで開花が近づいていることが感じられる季節になりました。学生だけでこなした春合宿、そして大震災があり、激動の2~3月でしたが、いつの間にか桜の季節を迎えていることに気づきました。
 こうしてラグビーができる春を迎えられることに感謝しつつ、被災地にも春の暖かさが訪れ、被災された方達の生活が少しでも楽になることを祈っています。
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Fukushima 50

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 3月21日(月)は連休の最終日ですが、雨で外に出られず、自宅で子供たちと遊びながら、卒業式(中止になりましたが)に向けて、卒業生に渡す撮りためた写真データDVDを作成しています。
 大震災から10日あまり、暗い重いニュースばかりでしたが福島原発では3号機、4号機の核燃料プールへの放水による冷却が成功をおさめつつあり、電源復旧の見通しがたってきたということでどうにか原発の事故も収束に向かう光が見えてきました。放射線被ばくの危険をおかしながら放水に携わった警視庁、自衛隊、東京消防庁などの隊員の皆さんの努力に心から敬意を表し感謝したいと思います。

 日本ではあまり報道されていないのですが、CNNやBBCなどの海外メディアでは福島第一原発で大震災の発生時に勤務しており、4号機の水素爆発での避難指示後も志願して現地にとどまり、危険な現場で原子炉を必死で制御し、事故の拡大をくいとめた、東電や原子炉メーカーの社員を「Fukushima 50」とよび、「Japanese faceless heloes」として、紹介しているとのことです。当初勤務していた職員800人のうち、残った人数が50名ということで「50」なのですが、その後130名が戻り、また他の原発職員の方や送電線敷設要員も加わり、総勢580名ほどになったということです。

 いくら仕事とはいえ、まさに死の恐怖と闘いながらその場にとどまり、いつ爆発するかもしれない核燃料を制御する。こういう普通の人たちの勇気と覚悟の積み重ねがこの危機を救ってくれたことを忘れてはいけないと思います。

静かな連休

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 3月19日(土)~21日(月)の連休は例年行っている子ども向けスキー教室(「TOPS子どもスキー」)で群馬県片品村にある尾瀬岩鞍スキーリゾートに行っているはずでした。
 この大震災、その後の計画停電による交通事情の混乱、ガソリンの品不足など安全な開催が100%担保できないことから今回は中止となり、昨日(19日)現地に用意していた備品類を回収に岩鞍に行ってきました。
※後援会でお世話になっている須藤先生は片品村のご出身で、以前こちらの教育長を務めていらっしゃいました。

 3月最後の連休ですから例年であれば関越道は渋滞し、旅館も満室なのですが、今回は関越道もがらがら。旅館は宿泊のキャンセルで営業自体を閉めてしまっている宿も多く、ゲレンデも数えられるくらいのスキー、スノーボード客でした。
 ここ片品村はいち早く福島県南相馬市の避難民の方達を受け入れ、第一陣はスキーリゾートに勤務する方達用の寮に滞在しているとのことでした。宿泊するはずだった「うめや」のおかみさんたちと話したのですが、書き入れ時に経済的な打撃は少なくないはずですが、まったく愚痴をいうでもなく、「こういう事態だから仕方がない。避難してきている方達にはできる限りのことをしたい。」とおっしゃっていました。

 岩鞍スキーリゾートは尾瀬近辺では最も大きなスキー場でゴンドラリフトを含め、12本のリフトがかかっているのですが、うち3本のみの運転でした。19日は雪の降った後で、この時期にしてはまれにみる絶好のコースコンディションの上、晴天で周りの山々もよく見え、できることなら子どもたちを連れてきたかったなと思いながら、少しだけ滑らせていただきました。
 今の状況では、スポーツ界ができる役割は限られていますが、これから復興が進む中で、子どもたちや人々の心を明るくし、暮らしをよくするためにスポーツが求められる日が必ず来ると思います。
 今はまず自分たちのできることをしながらそんな日が一日も早く来ることを祈りたいと思います。

計画停電初日

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 昨日は1週間ぶりにラグビー部員と顔をあわせました。1週間前はまさかこのような地震、津波で国が一変するとは思ってもいませんでした。選手もそれぞれに不安を抱えながら、でも被害がほとんどなく、ラグビーのことを考えられる自分たちの幸せを思い、また被災された皆さんの力になりたいという気持ちを強くもっていることを確認でき、よいミーティングだったと思います。
 
 また、夜は飯能でも計画停電が実施されました。(我が家では6時30分~8時30分くらい)
 我が家では、私が独身時代に自転車旅で使っていた「ろうそくランタン」を出し、懐中電灯とあわせて明りとりにしました。暗い中での夕食は不便ですが、それでも家の中で温かく、被災地の避難所での厳しい冷え込みの中で生活している被災者の皆さんに比べたら比べ物にならない快適さだと思います。
 また、この地震で保育所のお迎えも早くなったり、子どもたちと過ごす時間が多くなりました。家族が元気で、子どもの笑顔を見ながらみんなでかこめる夕食。本当に幸せだと思います。被災地の子供たちにも、十分な水や食料、暖をとれる十分な燃料。節水、節約、無駄な買い込みをしないなど気をつけて、少しでも多くの物資が被災地に行きわたり、被災地の子どたちに一日も早く不安のない生活が訪れることを心から願っています。

石巻、女川

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 今日は、計画停電初日で、電車も大幅にダイヤが乱れており、大学はほぼ休校状態でした。
 結局飯能では幸運にも停電になることもなく、今夜も明るく温かい夜を過ごすことができています。

 ニュースを見ながら、日本で「2011.3.11」はその前と、後で劇的に時代が変わってしまった日としてこれから記憶されるのだろうなと思いました。
 大地震、大津波、原発事故、想定されうる最悪なことがこれほど重なることも珍しいと思うのですが、だからこそここからみんなで気持ちをしっかりもってこの難局を乗り切っていきたいですね。
 2月に高校ラグビーの東北新人大会があり、仙台経由で、仙石線にのり、石巻に泊まって、翌日女川の陸上競技場に観戦、勧誘に行ってきました。
 石巻で夕食をいただいたお魚のおいしかった「三吉」さん、女川では食べログで調べて海鮮丼がおいしいということで入った海岸駐車場前の「おじか」さん。
 お店がどうなっているかはわかりませんが、せめて従業員の方達だけでも無事でいて欲しいと思います。
 石巻は石ノ森章太郎のマンガキャラクターが街のそこここに並び、サイボーグ009が出迎えてくれる街です。(個人的には「さるとびえっちゃん」が一番好きです。)夏の菅平合宿で何度かご一緒した石巻専修大学もここにあります。
 女川は漁港を抱えたとても静かなたたずまいの街です。市場で買ったさんまのみりん干しがおいしくて、山ほど買って帰りました。 
 高台にある女川の総合運動公園は、地震後住民の皆さんの避難所となっているのではないかと思います。皆さんの暮らしが一日でも早くもとに戻ることをお祈りし、いつの日か、また石巻、女川に行ける日が来ることを祈っています。

 MGブログのパクリですが、「がんばれ日本!」
 その一員として私たちラグビー部もがんばりたいと思います!

節電、節水

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 今日は仕事で群馬に行く用事があり、関越道にのったのですが、3月の週末だというのにガラガラでした。
 それに比べて長蛇の列だったのが、ガソリンスタンドで、帰り道に立ち寄ろうかと思ったのですが、既にガソリンの品切れで店じまいしているところが多々ありました。
 また、近くのスーパーでも卵や納豆、牛乳といった生鮮食料品が品切れ状態だとのことでした。

 幸いにも私は職場も歩いても30分くらいの距離ですから、この機会に車を控え、自転車や徒歩で通勤しようと思っています。
 少なくとも、家族全員が家で過ごすことができ、夜の寒さもしのげ、それほどひもじい思いもしないで済むことを本当に幸せだと思います。
 現在の報道では東北地方を中心に31万人の方が避難所生活を送っているとのことです。
 そんな方達が少しでも早く不自由な生活からもとの生活に戻れることを祈りながら、少しでも自分のできることをしたいと思います。

東北地方太平洋沖地震

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 11日(金)午後大地震が発生しました。
 幸い大学のある飯能はほとんど被害がありませんでした。鈴木監督からも、さっそくウェリントンから電話連絡をもらいましたが、東北地方出身の部員も家族の安否は確認でき、とりあえずほっとしています。
 町を飲み込んでいく大津波は映画やTVドラマの中の話だと思っていたのに、こんな地震が自分の生きている間に日本でおこるなんて、愕然としながらニュースを見つめています。
 東北はお世話になっている土地も多く、勧誘で訪れた盛岡、東北新人大会で訪れたいわき市や女川町、夏合宿でお世話になった宮古市、おつきあいのある仙台高専名取キャンパス、そして鈴木監督の出身校である東北福祉大学。被災地の映像を見るにつけ、皆さんの顔を思い浮かべながら無事をお祈りしております。
 また、自分たちに被害がなかったことはもちろん幸いだったのですが、いつ自分の身に起こっていてもおかしくないことだなと感じています。
 
 幸い、大学は被害がなく通常通りの業務を本日から再開していますので、ラグビー部も明日13日(日)より練習を再開したいと考えております。
 重ねて、関係の皆様のご無事と、被災された皆様が一日も早く普段の生活に戻れますことを部員一同、心よりお祈り申し上げます。

全員そろって再スタート

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 本日、春合宿後初めての通常練習がありました。
 合宿最終日のClosing Ceremony でも「とてもよい春合宿になったからこそ、10日からの普通の練習を全員揃って再スタートすることが大切だ。」という話をしました。
 とっても当たり前なことで、こう記すのも恥ずかしいのですが、今まではそれができないことが多かったのです。
 ですが、今日は就職活動でどうしても欠席せざるを得なかった4年生が欠席しただけで、全員が揃って練習を再開することができました。春合宿でからだを痛めた選手も含めてみんなの顔が見れてとてもうれしかったです。(新入生の鈴木健人、卒業予定?の八百板瞬も参加してくれました!)
 そんな当たり前のことにちょっと感動してしまっている自分が「安いなぁ」と思いますが、でも大きな進歩ではあると思うのです。今日こうしてみんなで再開できて初めて、春合宿の精神的な成果をみんなが肌で感じることができたのではないかと思います。

 今日はウェイトトレーニングの後、グランドでユニット練習、最後に12分間走を走りましたが、走る前に「1本だけだから、全力を出し切ろう。自己ベストを目指そう。」と確認しました。
 みんなそれぞれにCHALLENGEすることができ、自己ベストを更新した選手も多く出ました。
 私も当面の目標の2600mをクリアしました!走る人
 今日はこれからの春シーズンにつながるよい練習ができたと思います。

 でも気を抜かず、この練習を継続していきましょう!

 先日考えていた、KooGaのゼブラ柄ヘッドキャップ、さっそく買っちゃいました。今までかぶっていた白のヘッドキャッップはいつもサイズのあわないヘッドキャップを被っていたみやにあげました。これでみやのコンタクトが今以上に強くなることを期待しています!!

 それと、KooGa社に行った際に、ブランビーズの今シーズンのレプリカジャージを見せてもらいました。とてもかっこよく買いたかったのですが、あいにくサイズがあわず、断念しました。。。ダウン

 今日の練習で着てみんなに見せびらかしたかったのですが。。。