オートファッションプランニング (ライティングアート事業部) -3ページ目

あげもん屋心さん

11月最終週の日曜日はおかんの送迎で、橿原市万葉文化館をムーブーで往復車

帰りにファーストさんお知り合いのこちらの唐揚げ屋さんへウインク

あげもん屋心さん

はじめてなので、とりあえず「唐揚げ弁当」3つ買いました照れ

さすが「日本唐揚協会」認定のお店、かつて食べたどの唐揚げより美味しゅうございましたー笑い泣き割り箸

衣はもちろんカリッカリアップアップ中からは肉汁がジュんワ~よだれ

唐揚げってたくさん食べると少し胃もたれするイメージがあるんですが、心さんのはまったく胃もたれもしません拍手

「秘伝のタレ」がまためっちゃ唐揚げに合う~笑い泣き割り箸

これが580円とわビックリマークビックリマーク幸せでおまーッ笑い泣き

次回はホルモンパック買ってみよよだれ

ちなみに駐車スペースはお店の横に1台分ありますが、進入路にかなりの傾斜がありますので、シャコタン無理ですねあせるシャコタカで行きましょう車

 

トラック、ぢゃない(´;ω;`)

某整形外科の続き(まだ続くんかいっ!)なんですけども

 

処置室で添え木を作っている時に窓を見てふと先生がこう言うんですよ。

 

「暗くなるのが早くなりましたなあ~・・・」

(患者の足の心配はよ?笑い泣き)

 

それで、帰り際に運転が気になったので、聞いてみたんですよ。

 

「クラッチ、踏んでもいいですか?」って

 

それを聞いた先生の返答がこれですよ。

 

 

「・・・・・トラックやな」 (どやぁ~)

 

「そうかぁ~クラッチ踏まな仕事にならんのか~。んんん~、ええよ。クラッチ踏んでも」

 

「そうかそうか、君はトラックドライバーさんか~」

 

(オウ、ノー、ノー、ノー!ホワイ?ホワイ?トラック!ノートラック!ノーサンキュー!アイアムM3ドライバー!アイアム、ヒダリ6ソク、マニュアルのドライバー、チキショー笑い泣き)

 

言うと変に話が長引きそうやし、足も痛いのでやめときました(ガビチョーン)魂が抜ける

 

ボクはこの時なぜかマトリックスのスミスの葛藤が分かった気がしたんです(なんでやねん)

いやあ、キアヌも格好いいけど、マトリックスと言えばスーツのオッサン悪役、ヒューゴ・ウィーヴィング演じるエージェント・スミスが最高に格好いいんですよおいでねー

 

 

足はよおいでゲラゲラ

またこの人か~(´;ω;`)

当ブログでは年1くらいで登場する某皮膚科の人気キャラクター、ご存じアミバ先生ですが、そうです、アミバ先生は皮膚科なんですよ。整形外科じゃなかったはずなんですようーん

 

 

でも、先日、左足小指を骨折しまして、某整形外科に行ったわけなんですが、レントゲン写真を見た先生の反応がこれですよにやり

 

先生「折れてない・・・かなあ~・・・」

 

 

ボク「そうですか!折れてないですか!良かったですぅ爆笑それじゃあ、帰らせていただきま・・・」

 

もう一度、レントゲン写真をのぞき込む先生

 

先生「あ、ん?んお?おおおー?折れとる!先っぽで折れとる!ハイ、骨折~!剥離骨折~!じゃあ、添え木作りますんで処置室へどうぞ~」

 

チクショウ!先折れかー(ガビチョーン)チーン

 

ちなみに某整形外科にはボクは幼稚園から通う大ベテラン患者ですが、処置室、当時のまま・・・昭和のまま・・・懐かしいけど、ここだけ世紀末やん笑い泣き、殺風景なタイル張りに昭和感全開の黒革のベッドがひとつ・・・処刑台だよコレ、怖えええゲローグッ

これ、アミバ先生がデクの処理してた部屋だよ魂が抜ける

 

ケガをした時は某整形外科へ、ぜひ行ってみてねねー

やばいよやばいよ(閲覧注意)

起きる→目覚まし時計を止めに行く→ベッド角に激突→骨折

目が覚めて、骨折するまで、1秒笑い泣き

 

微グロ

ビグロ

 

ビグロさんが好きです、でもビグザムさんの方がもっと好きで~すwスターゲラゲラ

 

ってやっとる場合ちゃうねんおいで

 

ハぁ、やっちまったなあチーン

 

 

 

10月は追悼、西村艦隊

時は1944年10月25日、第二次世界大戦の末期、次第に敗色が濃くなる日本軍に10倍を超える敵を相手に真っ向勝負を挑んだ艦隊があった。

レイテ湾突入を最後まで諦めなかったその艦隊はわずか7隻。

7隻の日本艦隊の行く手には81隻のアメリカ大艦隊が待ち構えていた・・・

↑手前から戦艦「山城」、戦艦「扶桑」

↑スリガオ海峡にいたるスル海でハルゼー機動部隊艦載機の爆撃を受ける西村艦隊旗艦・戦艦「山城」  (山城、最後の写真)

 

戦争は悲劇しか生まない、ということが分かっているのになぜ一部の国は戦争をやめられないのでしょうか?まったく理解できません。

 

では、今、平和な日本で生きる日本人ができることは何なのか?それは悲劇の歴史を知り学び後世に伝えることです。ある書物で第二次世界大戦を日本軍人として戦い、現代の日本を生きる方がこう書かれていました。危惧すべきは後世の人たちが戦争の悲劇を忘れてしまうことである、と。だからどんな形でもいいので、かつて日本は戦争をしていたという事実を忘れない、これが最も大事なことなんだと書かれていました。同時に忘れないことが戦没者の追悼になる、と。

 

僕はもちろん戦争時代を生きていませんし、全体の歴史も知りませんが興味がある部分にはなりますが、紹介しておこうと思う次第です。

 

2024年は「スリガオ海峡海戦」から80年になります。

 

少しでも興味がある方は僕が何年か前に詳しく記載しております「西村艦隊」、そして「レイテ沖海戦」こちらをご覧になってくださいねウインク

 

ここ何年かの間に有志の方々がすごく頑張られて、なんと「スリガオ海峡海戦」の様子をCG動画で完全に再現されていますのでこちらに貼らせていただきます。1本の映画並みのクオリティーで1時間あります。

※アメリカ艦隊が40隻になっているのは魚雷艇が数に入っていないからです。

↑西村艦隊の全容を知りたい方はこちら

 

艦隊これくしょん戦艦「山城&扶桑」イメージソング

「生まれた意味、生きる理由」

曲の製作者の方の熱い想いが伝わる名曲です。

 

この曲の歌詞はすべて意味があるんです。

歌詞の意味を考えながら、いま一度、はるかレイテの海に想いを馳せ、戦争のない世界が来ることを願いたいと思います。