夢日記|盤上の姉妹 | 灯台の街へ行くなら、何か光る物を忘れずに。

見上げれば晴天が見下ろし、

見渡せば赤煉瓦の石壁が取り囲んでいる。


足元には大理石製のタイルが敷かれ、

1枚が1辺2mほどの正方形タイルは

緑と白のストライプとなるように組まれていた。


タイルをひとつの升(ます)とするならば、

幾つかの升の中央に巨大な石の彫刻が駒の様に点在している。


チェスの盤上の様だと感じたけれど、

よく見ると私の知るどのボードゲームにも当てはまらない。


升の数は横縦が5:7となっている。

駒のデザインは全てが異なっていたが、

色は全て白で、向きの統一性は無い。

駒の中には馬の顔のようなものもあれば、

形が芯に対して点対称で向きがわからないものもある。




直感的に、この場所が何かのゲームを模していると信じた。

ルールを見つけてみたい。




まず、駒の色が全て同じだという事から、

「このゲームは一人用」か或いは「既にゲームセットした後の状態」

だと思った。


そして、この駒は必ず動く仕組みになっているはず。

どれも升の中央にあるなら、これは升に何らかの条件を示してる。

これが静的な条件なら升の色が初めから何かで塗りつぶされていればいい。

それが升のストライプだとして、駒は明らかに動的な条件だ。


…私が動かすべき物だろうか。


傍らの、ルソンの壷の様な形の駒に歩み寄り、

その周囲をぐるりと一周してみる。

スイッチなどは無い。

押しても動かない。


腕を組んで静かに観察すること数分。


目の前の駒ではなく、

視界の端の方に佇むエンタシス状の駒に妙な影を見つけた。


空からの日差しで全ての駒は平行に自身の陰を伸ばしている。

その陰が駒の形と一致していない。


私はエンタシスへと歩み寄った。

すると、一人の少女が私から距離を離すように物陰から出てきた。


…。


少女には目と鼻が無かった。

唇だけが可愛らしく卵形の顔に弧を描いている。

背丈は私の胸くらいまでしかない。

腰まで伸びた長い銀髪と白いワンピースがゆるりと風に靡いた。

素肌は陶器の様に白く、………人形みたいだ、と思った。


私は少女に歩み寄る。

少女は私と一定の距離を保つようにして距離を離す。


…法則を見つけた。

私が升をひとつ移動すると、少女もひとつ移動する。

そして私から逃げるように升を選んでる。


…あの娘を捕まえれば良いのだろうか。

ターン制で互いに1升しか動けない場合、

何らかの動く障害物か私が2升以上動けるイベントが無いと

その条件の達成は不可能だ。


…動きそうな障害物は周囲にあるけれど…。


私は根を上げた。

「ルールを教えてくれないか」


少女は少し驚いたように手を胸に当て、

それから口元を手で押さえてクスクスと笑い始めた。

…長い髪に隠れてはいるものの耳はあるらしい。


…そして綺麗なソプラノが返された。

「アナタノ ウシロ」


片言の日本語で返されたひとつのヒント。

少女は私の真後ろを指差した。


振り向けば、そこにも顔の無い女性が立っていた。

少女に比べれば随分と大人で、身長は私より少し高いかもしれない。

全体的な見た目は少女と一緒だけれど、大きさ以外に違いを挙げるなら、

その手に持ってるナイフだ。


女性の服やナイフに血でも付いてたら、もっと立場が分かりやすいのだけど、

あまり綺麗な格好で得物だけ持たれると返って恐怖を覚える。


…で、彼女がどうしたというのだろうか。


私は女性に歩み寄ろうとして升から一歩を踏み出した。

すると女性も私に歩み寄ってきた。

…振り返れば少女は私から1升離れている。


…なんだか女性の方とは接触してはいけない気がしたので、

私は出した一歩を引っ込めた。

取り消しになるかと思ったけれど、どうやらこれは2升移動したことになるらしい。


少女は物陰へ隠れるように移動し、

女性は私の隣の升まで進んで来た。


女性との境界線はタイルの継ぎ目。

間近で彼女を見ると、薄い生地のワンピースの下の肢体が

なんとなく伺えた。まるで白乳石の彫刻のように、綺麗な体形をしていた。


やや不謹慎とは思いつつ、少し彼女を観察してみる。


…すると彼女はタイルの中央から少し私の方へ歩み寄ってきた。

私は反射的に後ずさったが、彼女はタイルの境界線の前で止まった。


「怖い事なんて無いよ?」


今度は違和感の無い日本語だった。


「…そのナイフは?」

「Imitation...」(真似事よ)

「…この場所も?」

「そう」

「何のゲームだ」


彼女は少しだけ悩むように首を傾げて、

閃いた様に顔を上げて応えた。


「ゲームは現実の一部を切り取った縮図(model)。

例えばオセロは陣地取りともトンネル計画とも似てるわ。

このゲームもそう。何かの現実の縮図。

いつか貴方は、これと似たゲーム(現実)と向き合うことになる。

ここは、その時に失敗しないように、練習をする場所なの」


「…直接的な答えじゃないな」

「そう聞こえるのは、貴方はまだ失敗をしてないから」

「…そのナイフで刺される事が失敗か」


そこで、彼女はナイフを持ってない片方の手で口元を抑えて、

クスクスと笑った。…少女と同じだ。


「やっぱり、勘違いしたのね。 よく見て」


彼女はナイフの刃を持ち、柄の方を向けて私に手を伸ばした。

私は再び歩み寄り、そのナイフを観察する。


…ナイフには違いないが…。


「パレットナイフ?」

「そう。 使い方はいろいろあるけど…ここでは、こう使うの」


彼女は手を引き、

ナイフの柄を握り直して自分の髪に刃を当てた。




そして色を切り落とした。




長く綺麗な銀色の髪の中ほどから銀の雫が足元へ落ちる。

色の無くなった髪は透き通るような白になった。


「君に捕まると、私の色もそうやって切り取られるのか?」

「そう」

「…それがこのゲームの失敗条件か」

「それは貴方が自分に対して色を何の象徴としているかで変わる。

けれど…」


そこで彼女は困ったように手を頬へ当てた。


「とりあえず、今日はゲームオーバーみたいね」

「え…、なぜ?」

「彼女、私の妹なんだけど、貴方自身から逃げてるわけじゃないのよ」

「でも私が近づけば離れてく」

「貴方の影から逃げてるの」


そう言われて、振り返り、私は自分自身の影を初めて見た。

…私の影は大きな手の形をしていた。

それは駒と同じ向き、同じ長さで伸びている。

そして、この部屋に来たときと比べて向きも長さも変わっていることに気づいた。


影の指先は、少女の隠れた駒へと真っ直ぐに伸びている。

駒の後ろからは…白い液体が広がっていた。


…少女の血だと直感した。

私は駆け寄ろうとするが、

真後ろから服を掴まれて引き寄せられる。

彼女も私も自分のタイルに立ったまま、

タイルの境界線を挟んで白い腕が私を背中から抱いた。


「それ以上、動かないで…妹がぐちゃぐちゃになってしまう…」


声色が酷く落ち込んでいた。

誰が悪いわけでもないのだろうけど、すまない気持ちになる。


「…私の観察不足だった」


次第に世界が暗くなってゆく。

空が夕方の時間を無視して夜になろうとしていた。

この場所が闇に包まれたら、影の魔物は何をするのだろうか。


彼女の声がする。

「追う者と追われる者、行く者と去る者…

言葉にすると二元論みたいだけれど、

その二者を結ぶものが無数に存在があるとしたら、それは無視できないわ。

方向性のあるものは、始点と終点で方向や強さを示すけれど、

それがベクトルで無い限りは物理的な距離が必ず実在する。

…それが貴方の影。私たちは方向そのもの」


「最初に話してくれた、モデル(縮図)の事か?」


「そう。 本当は、この世界の色や時間、距離の意味に

気づいて欲しかったけど…もう時間切れみたい。

別にルールの全てを見つけろってわけでは無かったのよ。

初めから、説明する時間がなかった。聞きたいことがあるなら、

夜になるまでの間なら教えてあげられるわ」


「スリーサイズ」

「90、57、はちじゅ… 「ごめんなさい」


背中越しに彼女が笑っているのがわかる。

「きっと貴方は誰かを救おうとするときに『助けに来ました』じゃなくて

『彼方と会えて光栄です』とか『今から飲みに行きませんか』なんて

言う人なんでしょうね」

「ぁ、それ一度言ってみたい」


…私は一呼吸おいて、聞くべき事を整理し…

「どうして消えるの?」…多分、最後に知るべきはこの事だ。


「私たちは始点と終点。点在するからこそ認識できる。

それが何かの数直線上に隠れてしまったら、見えなくなるでしょう。

ほら、貴方の目の前には、何が見える?」


そう聞かれて顔を上げたら、




…見慣れた自分の寝室にいた。

昨夜、徹夜でMH3(モンスターハンター3)をやっていて

ナバルデウスとやらを撃退したあたりで寝てしまったらしい。

モガの村のBGMは、二人の白い姉妹のいた盤上にも聞こえていた。


…窓からパタパタと音が聞こえる。

今日の千葉県は雨だ。