先日の記事の続きです。
前回は八正道について書きました(・∀・)
(テキスト丸写しともいいます)
八正道とは、ブッダが残した「三十七菩提分法」という修行方法の中の一つ。基本的な教えとして重要だそうです。
○正見・・・正しいものの見方
仏教の基本的な教えや苦しみのメカニズムを正しく見ること
○正思惟・・正しい考え方
怒りや憤りを起こすことなく正しい心の働きを維持すること
○正語・・・正しい言葉
嘘や悪口、陰口などの無駄口をたたかず、適切な言葉を相手に応じて使うこと
○正業・・・正しい行い
殺生や盗みを働くこと、不適切な性行為から離れること
正命・・・正しい生活
○誤った生き方を避けて正しく生活すること
正精進・・正しい努力
○正しい方向に向かってたゆまぬ努力を続けること
正念・・・正しい自覚
○常に正しいやり方を念頭においてその方向に進み続けること
正定・・・正しい瞑想
○精神統一をすること
全部に「正しい」が付くので、この「正しい」って一体なんなのさ、と。
佐々木閑先生曰く
この正(しい)という言葉は単なる「倫理的に正しい」ということではなく
自分の煩悩が消えて苦しみがなくなっていく方向に向かう、
その方向性を正(しょう)と言います。
この正の反対を「自我」といい、これは我が強くなることです。
我が強いことが苦しみを生み出すもとになります。
我々は実は我というものは錯覚で本当は無いんだ、ということを理解する。
その方向性が「正」です。
例えば100万円落ちていました。
二種類の人がそれを拾います。
修行して我が小さくなっている人は、交番に届けるでしょう。
自分の我がすごく広くなっている人がその100万円を拾えば、
その瞬間にそれはその人の所有物だという風にその人は思います。
人間は手に持ったら本能的に手に入れたいと思いますので。
八正道は、それを思わない人間になっていく為の道ということです。
それだけ自分の我が段々と小さくなっていくことを意味します。
これが八正道の「正」という言葉の意味です。
は~…そうなんだ…。
(聞き取りで書いている為ニュアンスの違いはご容赦をm(__)m)
とりあえずずっと考えていた「正しい」の意味を教えてもらいありがたいのですが、
理解できたかどうかは別の話かな…ヽ(;´ω`)ノ
今月は玄侑宗久さんが来て「荘子」のお話です(・∀・)


