さっき、大学時代のDVDを観ました。
大体一年ぶりくらいだったかな、
あの映像を観るのは。
私、大学時代は吹奏楽のサークルに所属していたんです。
3年の時には団長もしていて。
もう毎日が吹奏楽一色でした。
大学のサークルは
先生もいなければ、
指導者もいない。
全てが自分達の手にかかっていたから、
本当に死に物狂いでした。
それに、うちのサークルは団員が200人近くいる学内最大のものだったので…
そりゃあ大変でしたよ。
だけど、
あの空間があったから、今の私がある、
それだけは断言出来ます。
それほどに私にとっては、
大切な時間で、
大好きな場所でした。
愛すべき仲間たちと出会い、
馬鹿な話をしては笑い、
音楽を作る上でぶつかり、
数多くの飲み会に参戦し、(笑)
そして、ステージの上で計り知れない感動を味わい…
たくさんのことを教えてくれたのが大学のサークルでした。
精神的に病みはじめた2008年、大学4年生の秋。
活動の第一線を退ながらも、同級生のみんなが演奏会に向けて励んでいる頃、
私はそんな大切な場所に行けませんでした。
どうしても荒れている自分を見られたくなかったんです。
それに、仲間に会うことでもっとボロボロになる気がして。
一歩が踏み出せなかった。
その結果、
大学最後の演奏会には参加出来ませんでした。
その後、心ない先輩から言われた
「なんだよ。勿体ないことしたなー。みんなと演奏出来る、最後の機会だったのに。」
という言葉。
別に先輩も悪気があって言った訳ではないんです。
そんな取り立てて気にする言葉でもないと分かってます。
なんですが。
ずっと心のどこかに引っ掛かったままでした。
そして、今日、2010年春。
テレビで偶然流れていた曲が妙に懐かしく感じて。
ふと、私にとって最後の演奏会となった、3年生の定期演奏会の映像を観てみました。
いや、正確にいうと、
ようやく観られるようになってました。
何気なく映像を観て、
「そういえば、ずっと吹奏楽に関心を持たないようにしていたんだ…」と、
無意識の意識を感じて。
そして、同時に、
何気なく過去を振り返れるようになった自分に成長を感じ…。
正直複雑な心境です。
そして、
冷静に思ったことは、
「4年生のあの時、
演奏会に出られなかったのは無理もないことだったんだ」ということ。
「それは吹奏楽が、あの場所が嫌いになったからじゃない」ってこと。
むしろ、「今も大好きだ!って胸を張って言える」っていうこと。
あの時の自分の状況は、
きっと私が考えている以上に悲惨なものだったと思います。
それで、あんなに愛していたキラキラした場所に立てだなんて…
無理だった。
それで良かった。
なんだか、とてもスッキリしました。
本当は、
今日も曲の途中までしか映像を観ることは出来なかったんです。
苦しくなってしまって。
だけれど、
数年前、確かに私はそこ存在していたと確認が出来て良かった。
全てがキラキラしていたあの頃。
あの頃に戻りたいなんて、思いません。
過去に戻るなんて出来ないのだから。
それに、過去よりも希望に満ちている未来があるのだから。
私は過去に負けないくらいの、
未来をつくりたい。
他のなんでもない、この手で。
怖いことは、
過去に囚われることです。
「あの頃は良かったなー」って言葉を使うことです。
私の友人には
「もう歳だから…」と口癖のように言う人がいます。
私はその言葉を聞く度に切なくなる。
ねぇ。気付いてよ。
自分の可能性に。
その言葉、高校生の頃から言ってるよ。
あの頃、あんたが希望を見出だせなかった20代半ばに、私達は今いるんだよ。
そうやって後ろばかりみているうちに、時間が過ぎることに、
歳を重ねることに悲観的になることの無意味さに、
お願いだから気付いて欲しい。
私は少なくとも、そうは思いません。
私達の手にある未来は明るい、
キラキラしていて素敵なものだ、
そう思うし、思いたい。
過去の栄光にすがりたくない。
前を向いて生きていきたい。
未来が見えなくなる日もあるけれど、
そんな時はこんなことを想った時があるんだと確認出来るよう、
文章にして残します。
大丈夫。
気持ちさえ失わなければ、
キラキラと生きていける。