こんにちは。みぃです。

 

随分、長い間、投稿が滞っていました。

パスワードを忘れてしまい、ログイン出来ずにいたのです(汗)

ですが、パソコン上にあるメモ帳に記載されていたので、

思い出すことが出来ました!

 

 

私は元気にしています。

今日もかぶせていた銀歯が取れてしまったので、

午前中は歯医者に行ってました。

 

 

久しぶりだったので少し緊張しましたが、

女性の方が担当してくれたのもあってスムーズに行きました。

 

 

こういう場面でも、もじもじしなくなった私に感謝です!

 

 

さてさて、最近の私はと言うと、

宇宙の法則にハマっておりまして...

「ありがとう、愛してます」という言葉を

毎日500回以上、つぶやいています。

 

 

潜在意識をクリーニングする言葉らしいです。

これまでずっとネガティブな口癖を放っていたので、

それらを綺麗にするためにも毎日、頑張っています。

 

 

もうあと1ヶ月ほどで今年も終わりですが、

これを読んでる方も気分よく過ごせるといいですね。

それではまた!

 

 

こんにちは。みぃです。



今日は6年にも及んだトラウマが見事に癒されていった
過程について書いてみたいと思います。



私は6年ほど恋愛に対するトラウマを抱えていました。
そのトラウマとなる男性とは、あるスクールに通ったことを
キッカケに出会ったのですが、
私は出会った瞬間...いわゆる恋に落ちました。



好みのタイプ云々ではなく...
これまで「ずっと探し求めていた男性像」と重なったのです。
私は見た瞬間、激しく心が揺さぶられました。



ですが、「このまま惹かれていってはいけない...!」
と、自分の高鳴る感情を押さえつけようとする気持ちもありました。
どこか、自分が自分でなくなるような気がして怖かったのです。



でも、それ以上にワクワクした
気持ちの方が強かったです。
その男性と出会った時期は夏の暑い日でしたが、
苦手に感じていた夏が好きになってしまうほどの
変わりようでした。



ただ、互いの立場、また周囲の目...
あらゆる条件が重なり相手に想いを伝えることが
出来ないでいました。



互いに他愛のないおしゃべりをしたりする程度で、
それ以上、踏み込むことが出来ない距離感が常にありました。



でも、今その時のことを振り返ってみると、
当時、私はその男性と「恋人になりたい...!」
などと言う感情が希薄でした。



好きで仕方ないのに何で?と言いたいところですが、
私はその男性と”恋人として付き合う”ということに、
リアリティがまるで持てなかったのです。



まさに、「恋に恋する気分」だったようです。



思いもかけぬ形で求めていた男性と出会ったことから、
私は有頂天になっていました。軽くハイな気持ちでした。



自宅にいる時にも相手の男性の姿が
目の前に見えるような錯覚を覚え、その時すでに私は
妄想と現実が入り混じった世界を
行き来するようになっていました。




そんな状態でも楽しい日々を過ごしていました。
しかし、時期が来て私はそのスクールを卒業することになり、
それ以来、その男性とは会うことが出来なくなりました。



そして、ここから込み入った混乱への道に
突き進む形になっていくのです...




まず、私はその男性と断絶されたように
会えなくなることがどうしても理解出来ずにいました。




「なぜ?どうして?
本当にこのまま会えなくなってしまうの...??」



私は分からずにいました。



そして現実を適切に受け止められなかった私は
ついにその男性のいるスクールにまで、
押しかける形をとってしまったのです...



当然、私が唐突にやって来るものだから、
相手の男性も内心、困惑したのだと思います。



そして、それらを取り巻く出来事が後に
深いトラウマとなって私を悩ませ続けることになりました。



実際、何が自分の心に暗い影を落としたのか...?



それは私に対する相手の男性の態度でした。



私の理解できない言動にすっかり心を閉ざしたのか、
全く目も合わせようとせず下を見続け、私の存在を
ひたすら「居て居ないもの」として扱いました。



私は、その頑ななまでの態度に深く傷つきました。



どうして、そこまで強い態度を取られなきゃならないのか?
理解に苦しみました。



ですが、「自分が悪いんだ...こんなことしなければ...」
と自分を猛烈に批判し、責め続ける気持ちだけはありました。




そうして私は急速に心のバランスが
とれなくなっていきました。



家に帰るまでの様子など、その辺りの
記憶がほとんど定かではありません。



そして、その一連の記憶は療養生活の間もずっと続きました。
その男性のことを思い出さない日はありませんでした。
常に自分の心を支配し続けては、どうにもならない虚しさを感じ、
暗い気持ちで過ごしていました。




軽やかな心を取り戻したい気持ちに駆られ、
その記憶を払拭をしたい!と思うと同時にその思い出を
手放したくない!という気持ちも起こりました。



その記憶は私にとっては、なくてはならないものだったのです。
失ってはならない...!とばかりに、その記憶にしがみついていました。




自分をいつまでも苦しめ続ける、つらい記憶以上に
楽しかった時の思い出は自分の中でキラキラ輝く宝物となって
私の心に強く焼きついていたのです。




無邪気に笑えていた日々を懐かしんでいました。
今日も明日も楽しかった時のこと...つかの間の幸せなひととき...
私はその思い出を心の拠り所にして生きていました。
それがあったから生きていよう、と思えたことは確かでした。



でも、だからこそ相手の男性に唐突な形で
会いに行ってしまったこと、
そこで無視という強い態度をとられたこと、
全てが鮮明な記憶となり、
何度も何度もその光景が頭の中を蘇る日が続きました。



その度に、自分は(気が)おかしくなければ、
そんなことは絶対にしない...でも、実際には薄気味悪い
ストーカーのような言動をとってしまった...
そして居て居ないものとして無視された...



全ての記憶がトラウマとなりました。
まぶしいほどの思い出は一気につらい過去に変わりました。
相手の男性の固くなった表情を思い出しては、
ずっと自分を責め続けていました。




病気である自分、不安定な自分、未熟な自分...



あまりにもつらく自分の心にのしかかり、
それからというもの、ほとんど恋愛らしき恋愛は
できなくなっていました。




その男性以上に好きになれる人には、
もう出会えないとさえ思う状態になっていました。



でも、その相手にはすっかり嫌われてしまい、
もうこの先もいい男性に出会える様子もなく、
自分は一生、孤独なままなんだろう...



そう思うと、何もかも全ての環境を
変えてしまいたい気持ちでした。
突然、引越しをしたい!と思い立つ日もありました。



ここではない、どこかへ...
そんな現実逃避の日々でした。



周りはそんな自分を諭すように最もらしい意見を
言ってきました。ですが、私の心は固く閉ざされており、
どんな言葉も自分の心には届いてきませんでした。



正直、絶望していました。
一生、この悲しみと向き合い続けるのだろう...
そう思っていました。



ですが、私はあらゆる遠回りを経て、
あるものと出会いを果たすことが出来ました。



それはNLPと言って思考をコントロールする
ことによって気分を改善していくものでした。




そのプログラムは長年のトラウマも瞬時に良くなる!
という実績があり、私はそれを見つけて情報を読みあさっていく
段階で「すごい...!!これだ...!」と思いました。



ですが反面、「本当だろうか...?自分にも効き目はあるの?」
といった感じで臆病になる気持ちもありました。

こんな瞬時に魔法のように簡単に治るものだろうか?という
信じられないような気持ちもあったからです。



でも、本当なら絶対に試してみたい...!!そう強く思いました。

その思いは真剣そのものでしたから、始めは無料で提供している情報を
読んでみたり、そこに書かれてある内容を実践してみたりして
言っていることが本当なのかどうか?と感触を掴んでいきました。



そして、自分の中にある不安点が解消した頃には
もう、迷いはありませんでした。



私は病を患ってから、自己啓発の本を読みあさっていたと
前回の記事で書きましたが、その中でも
私が一番影響を受けたのは「ザ・シークレット」でした。



最初は本で読んでから、さらに深い理解を得たいという
欲求が沸き、DVDを購入しました。



その中でも印象的だったのが、
同じ病気を抱えている二人がいて、
一人は病気のことは考えず、楽しいことに意識を向け、
いい気分で過ごすことをし続け、
もう一人は病気のことばかり考えて暗い気持ちで
過ごし続ける、という話でした。



私はこれを見た時、自分はこれまでずっと後者だった...
と思いました。漠然とですが、病に対する「自分のあり方」だったり、
病に対して「どう考えていけばいいのか?」
と言ったようなことに、ずっと迷いがあったのです。




それ以来、できる限り病気のことばかり考えないようにし、
楽しいことや気分良く過ごせることを積極的にやるようにしました。




満足いくようには出来ない時も多くありましたが、
快方に向かう過程においては、私の思考に大いに良い影響を
与えてくれました。



こうして私は自分なりに得てきた学びプラスα、
強力な助けとなってくれるプログラムを活用したことにより、
生きづらさをもたらしていたトラウマをも癒すことが
出来ました。




その男性との関わりを通して私は自分の至らなさだったり、
不安定な一面をずっと責め続けてきました。
自分はおかしいんだ...と病気の自分を非難ばかりしていました。
そうして、ずっと次のステップを踏み出せずにいました。



ですが、今はネックになっていたトラウマについて、
私自身こう感じています。



「そんなこともあったね。でも、ちゃんと乗り越えたね」と。




思えば、どこまでも不器用な自分がいました。
相手に本当の想いを伝えられなかったことへの後悔、
不安定さゆえに不可解な行動をとってしまったこと、
自分はおかしいと責め続けた日々...
それでもその記憶を頼りに生き長らえていた過去...



おかしな話ですが、今ではそんな自分に対し、
愛おしい気持ちがします。一生懸命だった自分が
居ただけです。全てはその証だと思うのです。

笑ってしまうほどですが、本当にそのように感じます。



そして、今でもその男性のことを思い出す時はありますが、
今は元気になった自分に対して記憶が無邪気にいたずらを
仕掛けてくるような感じです。



私はそれに対して心を惑わされることがありません。
自分の力で傷を乗り越え、強さを得たことを実感するだけです。
痛みを強さに変えた、という「誇らしさ」さえあるほどです。




そして、もう、その方と会うことは二度とないでしょうけど、
いつか偶然会う時があったとしても...過去の思いさえも
払拭するくらいの勢いで笑って話せるような気もしているのです。





こんにちは。みぃです。



今日は”粗探しの名人”とまで思えた自分が、
自己嫌悪を脱して自分を好きになるまで変わっていった
様子を書いていきたいと思います。



私は学生時代から自分の容姿が大嫌いでした。
周りの痩せていてキレイな子と比べては
「自分は何でこんななんだろう...?」そう思っていました。



それだけでなく性格的にも些細なことですぐに落ち込むところ、
何でも暗い方に考えるところ、メンタル的に弱いところ、
対人関係では緊張が強く上手く自分を出すことができないため、
友達も少ないことがコンプレックスでした。



自分のあらゆることに自信が持てなかったので、
異性とも気さくに喋ったり、話したりすることが出来ませんでした。
自分の能力や才能に対しても悲観していました。



そして高校時代では、嫌いで仕方なかった
クラスメイトが言った言葉を今でもはっきり覚えています。



「自分は何をやらせても冴えない。」



それを聞いた時、私は反射的に思いました。
この子は私のことも同じように「冴えない」と思っているから、
一緒にいて自分をなぐさめている部分があるんだろう、と。



これだけ聞くと被害妄想的というか、
ただの思い込みや勘違いなのでは...?と思うかもしれませんが、
どうやらそうではなかったようです。



実際そのクラスメイトは自分より劣っていると思う人とばかり
親しくして自分の劣等感を隠そうとするところがある人でした。



私はそんなクラスメイトのことが大嫌いでした。
心の底から憎んでいました。そして、そんな卑屈な人としか
仲良くなれない自分のことも憎んでいました。




でも、そんな思いとは裏腹に
表面上では無理して仲の良いフリをし続けました。



自分に自信がなかったからです。



そのため、「嫌いなものを嫌い!」と言うことが出来ずにいました。
言ってはいけない!と思っていたのです。
態度に出してもいけない!とも思っていました。




自己嫌悪だらけで自分が嫌いでたまらなく、
しまいには、どこまでも自分をおとしめ続けていきました...
自分を大事に扱うことが、まるで出来ませんでした。




当然「好きなものを好き!」と言うことは出来ませんでした。
劣っている自分は、好きなものを選ぶことすらままならない...
そう思っていたのです。



そして、自分には五番手くらいのものが似合ってる...
そのくらいに思っていました。



また大学生になった時には、
バイト先で男性の店長にこう言われました。



「お前のネガティブ思考は本当、尊敬するよ!」



私のどこまでもネガティブな態度を見て、
呆れ果てた店長はこのように私を皮肉ったのです。
当時の私には、その言葉がナイフのように鋭く、
心に刺さりました。




ですが、私は動揺を悟られたくないあまり、
顔で笑って、心で泣いて...おどけた様子でへらへら笑っていました。




その時、私はすでに感じたことや思ったことを
素直に表現することが出来ない状態になっていました。

そのバイトはつらくて数日で辞めました。



こうして私は自分に対する肯定感のなさから、
何をやっても長続きしない人間になっていきました。
上手くいかないことがあるたびに、
失敗を繰り返すたびに自分の欠点ばかりを挙げていました。



それを繰り返すたびに自分への嫌悪感は増し、
自信はまるで失われ...



それこそ高校時代のクラスメイトが言い放った一言の
記憶をたどるかのように、私は自分に対してこう言うようになりました。



「私は何をやらせても冴えない。」



自己嫌悪の塊でした。自分の見た目も性格も内面も、
自分持っている能力や才能も何も信じていませんでした。
親を恨んだことは数知れず...
自分の運命を呪っていたように思います。



ですが、私は統合失調症になってからというもの、
大量の本を読むようになりました。



図書館で”自分を好きになれるような”
自己啓発系の本を抱えきれないほど借りてきては
読みあさりました。



集中力は切れていたので全ては読めませんでしたが、
目にとまった部分だけでも、心にとまった部分だけでも記憶したり、
ノートに書き写したりして必死で自分を好きになろうと努めました。



ずっと自分のことが嫌いだったので、
どうすれば自分を好きになれるのか...?そんな情報を
探し続けていたのです。



そんなことを続けていき、少しずつ病状からも回復してきて、
自分を大事にすることを意識し、ゆっくり歩みを進めていくようには
なっていきました。



しかし、心の根っこのところでは常に自分を否定する
気持ちだけは深く残り続けていました。



何かトラブルや困難に見舞われると、その顔が
機会を伺っていたかのようにひょっこり出てくるようでした。



「一体、どうすれば...」



自分を好きになり肯定できるようになって、
もっと楽しい気持ちで生きられるようになりたい...!!




いつしか、私はそう願うようになっていました。
そしてネットであらゆる情報を探し回っていたところ、
偶然、あるものに出会ったのです。




長年、苦しみ続けた自己嫌悪が消えてなくなる
というのは、私にとって本当に魅力的なものでした。
それが消えたらどんなにラクになれるだろう...?
そう思うと胸が弾むような思いがしました。



そして私は迷うことなく時間が許す限り、
あることを試し続けました。始めのうちは凝り固まっていた
心がほぐれるような感じがあり、涙がとまりませんでした。




そんなことを繰り返すうちに徐々に
自己嫌悪感は薄れていき、次第に自分に対して優しい気持ち、
慈しみの感情が沸くようになっていきました。




それまで例えば、体重計に乗って少しでも
体重が増えていたら、すごく気分が落ち込んで
何もやりたくない状態にまでなっていたのですが、
まずはそれが劇的に変わっていきました。




体重が少々増えていようが、
その事実を冷静な気持ちで受け止めることが
出来るようになったのです。



私にとってはかなり大きな変化でした。
それにより必要以上に過食せずに済んだからです。



また、自己嫌悪の感情が消えていき、
変化したことは数えだしたらキリがないほどですが、



まず一番に自分のことが好きになれました。
基本的に常に自分のあらゆることに対して、
おおらかでいられるようになりました。




弱いところや、ダメなところ、苦手なことがあっても、
ぜ~んぶ含めて自分だと思いますし、すべての自分に
◎を出してあげられるイメージです。




また、今では自分の長所や強みを見つけることも日課です。
気づいた時には心の中で自分を褒めたりすることも多くあります。
どんどん自分の良いところを自然に挙げられるようになりました。



昔は、これが本当に出来ませんでした。
長所を見つけてみても、どこかぎこちなく感じていました。
自分のことが嫌いでしたから...当然といえば当然です。



そうして私は徐々に自分だけでなく相手のいいところにも、
たくさん気づくことが出来るようになりました。笑顔の多いつながりを
持つことが出来るようになってきました。




自信も気づいたら、ちゃんと回復していました。
自分に対する肯定感も強まっていったので、何事も継続する
力が出てきました。意志も以前と比べると強くなりました。
新しいことにチャレンジすることが、どんどんしたくなりました。



きっと本来、自分の中に眠っていた力が自然な形で
発揮されているからだと思っています。



今、私は昔のように「自分は何をやっても冴えない」とは
思っていません。そう思うこと自体はとても悲しいことですが、
今ではそのプロセスすらも「立ち直るための必要なステップ」
だったと感じています。




これから生きていけば、何か上手くいかないことも
それなりに出てくるかもしれませんが、
全ては必ず良い方向に向かっていく!そう信じています。



私はこうして自己嫌悪の感情から抜け出すことを通し、
人生に立ち向かう勇気を持つことが出来るようになりました。
つらかった時は、とてもそのような気持ちになれませんでしたが...



そして思うのは私がこのように大きく成長し、
変わることが出来たのはきっと「自分には何もない!!」
という人一倍、強い欠乏感を抱えていたからだと...



理解してくれる彼氏や友人...それなりに満たされた生活や、
自分へのご褒美をあげられる環境...嫌なことがあってもそれを
忘れさせてくれる趣味も何も...



実際には何かあったのかもしれませんが、
つらすぎて、とても気づくことは出来ませんでした。
似たような境遇の人たちとも比較しては
「自分には何もない...!!」と言っては
怒りにも似たような思いを感じていました。



だから、私は症状が改善して良くなれるのなら、
元気になって今の状況を脱することが出来るのなら、
もう何でも試してみよう!そんな気持ちでした。
切迫した思いでした。




今思えば、それが良かったのだと思っています。
病から解放されて元気に生きられる道を私は選んだのだと...!!
そんなことを病からの解放を通してひしひしと感じています。






こんにちは。みぃです。



今日は寝たきりで希望を見いだせなかった状態から、
短期間で朝、起きて一日の生活を組み立てるのが楽しくて
仕方なくなった経過について書いてみたいと思います。



まず、私が統合失調症になって一番つらかったのは、
体を起こすこと自体が苦痛で寝たきりの日々が続いたことでした。



朝、目が覚めて布団の中で一番に思うのは
「また、今日という一日が始まる...」ということでした。
絶望的な気持ちでした。



なぜなら、重い体で何をする気力も起きなかったですし、
体を起こしてからというもの一日をどう過ごせばいいのか...?
検討さえつかなかったからです。



今なら、そんなこともあったな...と思うほどなのですが、
当時は、それはそれは自分に重くのしかかる深い悩みでした。



そのため、寝てればつらい現実と向き合わずに済む...!
何をしようか?などと考えなくても済む...!と言わんばかりに
眠り続けました。
実際、体力もかなり落ちていたので、
じっと座っているだけでも、しんどかったのです。



そんな私を見て、親は常に何か言いたそうでした。
私自身もそのような親の心の揺れには気づいていたため、
家にいて寝ているという、ただそれだけのことでも、
常に強いストレスを感じていました。



そして、体を休めているにも関わらず、
疲れは一向に取れませんでした。
休めば休むほど、自分の中で「今日も一日、何もしなかった...」
という罪悪感や自己嫌悪の感情を抱き続ける日々でした。



でも、何をすれば寝たきりの状態から脱することが出来るのか?
分かりませんでした。そうして、どこにも向けられない鬱憤や
溜まったエネルギーを親にぶつけることも度々...
鬱積した感情だけが、降り積もっていく毎日でした。



テレビも何も見る気が起きませんでした。
多くの情報が一気に入ってくると脳が負荷を回避しようとするのか?
すぐに頭がボーッとしてきて眠気が襲ってきました。
そのため、食事をした後はすぐに眠ってしまうほど...



食べては寝て、食べては寝て...そんなことの繰り返し
でしたから体が重くなるのは当然でした。
そして、その悪循環を断ち切ることが出来ずにいました。



特に冬の寒い季節は過眠傾向にありました。
午前中の10時過ぎまで寝ていることも、しばしば...
多分に寝ているにも関わらず、眠りの質は浅く、
常に頭に霧がかかったようで、心が晴れることはありませんでした。



特に朝食をとってからお昼ご飯になるまでに空いた時間、
昼の14時~17時あたりの時間帯はどう過ごせばいいのか?
本当にわからなく耐え忍ぶしかありませんでした。
強い絶望感とうつ状態にさらされていました。



ですが、こんな毎日の中でも唯一の楽しみがありました。
それは、熱めのお風呂に浸かることでした。
寝てばかりでなまった体が、シャキっとする感覚がありました。



そうして後は夕飯を食べて歯を磨いて寝るだけでした。
こんな毎日が続いた時、私はふとこんな風にも思っていました。



「自分は、ここでこうして埋もれていくだけなのだろうか...?」



そう思うと泣き出したい気持ちに駆られ、
心の中に沸き起こる将来への強い不安と絶望感で
いっぱいになりました。




過去に出会ってきた人達の顔が次々に浮かびました...



この状態がずっと続くような気がしていたのです。
光が差し込むこともない、暗い世界を生きていました...



ですが私は幸い、全てを諦めているわけではありませんでした。
この状況から何とかして抜け出す術はないだろうか...!?
そう思い、ひょんなことから見つけたあることをすがるような
思いで試してみたのです。



すると、1ヶ月もしないうちにあれだけつらかった
起床時に変化が起こりました。
布団から体を起こす時にふと思うようになりました。



「よし、今日は朝食のあと5分だけ歩いてみよう!」



そしてその通り、わずか5分だけですが外を散歩しました。
思いのほか、全身に太陽の光を浴びることが気持ちよく感じました。
それだけのことですが、達成感がありました。
そして何度かそれを繰り返すうちに次は
10分に伸ばしてみよう!と思うようになりました。



次に始めたことは、簡単な家事でした。
私は最初に「皿洗いなら今の自分でもできそうだ...!」と思い、
今までは全部、親任せだったことをやるようになりました。
そこで何度もやるうちに気づいたのです。



「こうして協力して家のことを行うのも、回復の一歩だな...」



そうやって、どんどん出来ることを行っていきました。
皿洗いはもちろんのこと、今度は掃除機を部屋中かけたりしました。
外での散歩は10分から15分と、どんどん時間が長くなりました。



そうして毎日を積み重ねていった結果、
今では何ら周りと変わりのない生活を送っています。
もう、病気であることを意識する時間さえ、ほとんどなくなりました。
重苦しく、のしかかっていた悩みから解放されたのです。



自分の人生は、まだまだこれからだと思います。
病によって失われた時間を精一杯、取り戻していける日々が
何より楽しくて幸せだと思うのです。



こんにちは。みぃです。



最初の記事では長年のうつ状態が改善したことを
お伝えしましたが、今回は慢性的な無気力状態が
1ヶ月ほどした後になくなっていった経過について
書いてみたいと思います。



私は学生の頃から常に無気力な状態でした。
クラスメイトの友人にも「本当、やる気ないよね~」と、からかわれ
”無気力な子”というキャラクターで通っていました。



私自身も、いつも一緒にいる友人がそう言うのだから、
自分はやる気のない人間なのだろう...そう思っていました。



当時は、まだ幼かったこともあり、無気力で
周りから”やる気がない”と言われることに対して、あまり
深く受け止めていなかったのです。




ですが高校生になった時、ある人の一言によって、
その状況は一変しました。



ある日の授業中、年配の男性教員に言われたのです。



「覇気がない。」



そう一言、吐き捨てるように言われ、
私は内心つよいショックを受けました。
そして心の中で私は、こう叫びました。



「好きで、こうなったんじゃない...!!」




高校生へと成長した私は、無気力な状態が続くことで、
自分のしたいことも、ままならぬ状況に憤りや苛立ちなどの
鬱積した感情を抱えていました。




その男性教員からの一言は、私の心をあっさり打ち砕きました。
それからは、「やる気がない自分はダメなんだ...」
ひたすら自分を否定し、責めるようになっていきました。



それと同時に、周りのクラスメイトが好きなことを
思うようにやっている姿が、本当にまぶしく輝いて見えていました。




そして私は、ますます「自分は何もする気が起きない...」
「太ってるし、痩せられないし、好きなこともないし、何も楽しくない...」
そうやって、どんどん自分のダメなところを探しては落ち込むという、
負の連鎖にはまっていきました。




それは社会人になっても続きました。
仕事が休みの日は、どこかに出掛けることもなく、
ぐったりして家で寝てばかりいました。



これといった趣味もなく、何に対しても関心が持てず、
口を開けば、「疲れた...面倒くさい...何もしたくない...」



そのようなことばかり言っていました。
職場では、どうにか気丈に振舞っていましたが、
心の中は完全に限界を感じていました。



同僚や先輩、上司たちとコミュニケーションをとることも億劫でした。
映画や音楽などの趣味の話、その日にあった他愛のない情報交換などの
何気ない雑談にも強いストレスを感じていました。



そのため、職場でも最低限のやりとりしかしない
状態になっていきました。
当然、十分なコミュニケーションがとれていないことから、
トラブルや問題に発展してしまうことも...



自分でも、どうにかしたい気持ちはありましたが、
どうすればいいのか...?考えることすら、しんどかったのです。
そのため、嫌なことがあっても、
我慢して気持ちを押し殺して働くしかありませんでした。



このように、無気力な状態が続くことで、
仕事にも人間関係にも支障が出るようになってしまいました。
そして、そのようなことが続く中で、
自分に対する無力感を持つようになってしまったこと、
それが、とてもつらいことでした。




また、病を発症してからも長い間、陰性症状は続きました。
何をするにも面倒な感情がわき、そのたびに「やりたくない、面倒くさい...」
頭の中でそのような声が聞こえてきました。



やりたいことがあったとしても、気力が出ないことを理由に、
多くのことを諦めて生きてきました。




「自分に成し遂げられることなど何もないんだ...」



気づけば、そのような考えを持つまでになっていました。
無力感に打ちひしがれ、それに対し、抵抗することも出来ず、
ただひたすら状況を嘆くことしか出来ない自分が、
本当に悲しかったです。



ですが今は、ある出会いをキッカケに、
あれだけ慢性的にあった無気力状態がなくなっていき、
生活が一変しました。




最初のうちは、気力が出てきても、
嫌なことや落ち込む出来事があったりすると、
また無気力な状態に戻ってしまったりと、
波がある状態でした。



ですが、一ヶ月もしたら、その波は安定していき、
ほとんど気分が良く、気力がある状態が続くようになりました。




ただ、最初は気力がある自分というのが
どこか落ち着かないところがありました。
無気力な状態こそが、自分だと思い続けてきたからです。
ですが、実はそうではなく”気力に満ちている自分”こそが、
本来の自分の自然な姿なのだと思うようになりました。




今は面倒でならなかった家事もよくやるようになりました。
頭を使うのがしんどいと言って、言い訳してはやろうとしなかった
料理も進んでやるようになりました。



いいと思ったレシピはどんどんメモするようになり、
今ではレシピノートまでつくる自分になっていきました。



ずっと読みたいと思っていた小説も、何冊も没頭して
読むようになりました。



長年の無気力から、わずか1ヶ月ほどで
脱出することが出来たのです。

最初は自分に起きた変化が、何だか信じられないような気持ちでした。



ですが、どんどん興味の幅が広がり、活動量が増えていく中で、
それは本当に起きていることなのだと実感していくようになりました。



今まで気力がない...と諦めてきたこと、全てにエネルギーを注ぐ
ようになりました。その一つ一つの変化が、私にとっては本当に嬉しいものでした。
当たり前のように、自然に色んなことを出来るようになったからです。



ずっと蓄積され続けてきた自分に対しての無力感も消え去り、
人生を謳歌していることを徐々に実感できるようになっていきました。



自分の中で小さな目標を立てて、やり遂げることから
達成感や満足感を得ることが出来るようになったのです。
今は自分の出来ることより、一歩上のことを無理のない
範囲でチャレンジするようにしています。



そうしていくうちに、固かった表情も、周りから
「柔らかくなってきたね」と言われるようになりました。
どんどん、自分の中から笑いが出てくるようになりました。




今では毎朝、新聞を読むのが習慣になりました。
しんどい時は一切、見れなかったテレビも見れるようになりました。
つらい症状にばかり意識が向いていた時期を経て
外や周りに目を向けられるよう変化していったのです。



そうして、知らないこと、今まで興味が持てなかったこと、
あらゆることを自分の中に吸収していくようになりました。



気力がわくようになった今、目の前にあるものすべてが、
自分の好奇心を刺激し、楽しい気持ちが沸き起こるのを感じます。



元気になって、色んなことに興味がわくって、
こんなに楽しいんだ...!楽しいことやワクワクすることが、
まだまだ知らないだけで、本当はたくさんあるんだ...!



そんなことを、思うようにもなりました。
とは言え、たまに気力が落ちてしまう日もあります。
ただ以前と明らかに違うのは、
それは一時的なものであって、ずっと続くものではない
ということです。



好きなこと、心が向くことに注意を向けていると、
気づいたら自然と気力が戻り、上向きになっている状態です。



私は統合失調症という病を患いましたが、
その苦しみから解放され、今は病気になる前よりも
はるかに人生を楽しめていると感じています。



生きていれば、つらく苦しいことももちろんあります。
けれど、それ以上に自分を輝かせてくれる素晴らしいことも
同様に存在するのだ、ということも知りました。



だから、私は希望を持ち続け、前を向いて
歩いていきたいと思っています。今がどんな状態であっても、
必ず目の前が明るくなる日はやってくるからです。