夜桜の下で待ってる -4ページ目

二番目に出会った、“そのテ”の人。

昔 聴いていたバンドが共通で、そのバンド繋がりでメールをくれた人だった。
当時の私は、音楽の感想サイトみたいなものをやっていた。きっかけになったバンドのことは、その当時は ほとんどサイトで取り上げていなかったけれど、なにぶんマイナーなバンドだったから、思い出話が出来る相手がいることが嬉しくて、多少 気を許してしまったところもあったと思う。

最初は普通に楽しく話していた。筈。
けれど、やっかいな人だと気付くのにも、そう時間はかからなかった。

自称・ボーダー。(境界性人格障害、ってヤツ?)
何気ない好意や厚意を素直に受け取ってくれない人で、妙に被害者意識が強い。
要は、こちらを全く信用してくれていなかったんだろう。ネットだけの繋がりで、それは必ずしも悪いことではない。

……けど、そのわりには、自分の知人を(しかも、ネットで少し繋がってるだけの)「仲良くなれるんじゃない?」と押し付けてきたり。
それからまもなく、身内に不幸があった私に、自分に悩み事を話させようと躍起になっているフシが。(……って、自分のことをなにひとつ話そうとしない人に?)

最終的には、宗教……というか、スピリチュアル的なことを口にしかけたタイミングで縁を切ったんですが。
なんか、「私を助けたい」的な使命を(勝手に)抱いていたよーです。

…………大きなお世話ですってば。

共依存、というか……私を自分に依存させて、必要とされてると実感したかった、ってところでしょうか(遠い目)


つい最近、某タレントさんとこに転がり込んで問題になってた占い師(霊能者?)ってのも、コレだった気がする。
何も見えないけど、「見えるようになりたい!どうしたら見えるようになれる!?」って強く思い込む人は、わりとこの傾向があるよね。

所謂、ヒーラーとか呼ばれる人ってのは、執着を捨てて悟りきった人格の人でなきゃなれないんじゃ…って思うんだけど、ヒーラー志願の人ってのは存外、人並み外れて嫉妬深い人が多い気がするんだよなぁ……。その嫉妬の対象は、同性・異性問わずで。


……そういえば、かつてネットで少しお付き合いがあった人。
最近、昔のブックマークを見つけて覗いてみたら、スピリチュアル系のブログを書いてるのを見つけました。
スピリチュアルカウンセラー志望らしいんだけど、彼女もやっぱり嫉妬深いというか、Twitterで有名人にリプライもらってる人に嫉妬して、文句ばっかり言ってる。
どうしても返信欲しかったら、タイミングと空気読めば確率上がると思うけど、でも媚びたくないんだよな?
…………そんなツンデレは通用しないと思うわ(苦笑)

……他人が楽しそうにやってるのを暖かく見られない人って、ヒーラーやカウンセラーなんて向いてない気がする。

自分を受け入れてくれない人に毒吐いても、どうにもならんよ。
切り捨てて、移動するべきだわ。 


2012年05月12日(土) ある意味、ファーストコンタクト。

子供の頃から、学生時代の もう大人と言ってもいい年齢に至るまで、私は知ったかぶりの同級生に『自閉症』呼ばわりされるような子だった。
大人しくて、クラスメイトや先生と ちゃんと口をきけないような子。

……ま、単に並外れた引っ込み思案だった、ってだけですけどね。
医学用語(?)としての『自閉症』という症状が、もっと違うものであることは今では理解してます。

今では、一見 物静かなだけの人(性格そのものは、たいしておとなしい訳ではないw)、ってのが周りが私から受ける印象であろうかと。
人付き合いって、所詮は場数だ。大人になって、自分で選んだ環境で過ごすようになると、わりとどうにでもなるもんだよね。


……で。まだ、もひとつ『自閉症』的キャラから抜け出せなかった専門学校時代。
とある講師に目をつけられました。

多分、オカルト好きな子をターゲットにしてると思しき某宗教にハマってる人で、私の前に 同じクラスの女の子を誘ってて、その子が またダダハマりしてたんだ。

私に目をつけたのは、人並み外れて無口な私なら御しやすいと思ったのか、それとも誘い文句で話したように、その無口さを『霊障』だと疑ったのか。
本心は謎。けれど、軽い感じでオカルトネタを扱う集まりだと思い興味本位で参加した。

今にして思えば、興味深い話も聞いたなー。
今いる私たちの魂は、今回が最後の転生だとかなんとか。
……これって、最近よく聞くアセンションってのでも似たような話があったような…………?

でも新興宗教としては、あとは大抵、一緒。
ちっちゃいバッヂみたいのを渡されて、集会所にお金払って拝みに行く。学生だったから、私たちは「払え!」ってせっつかれたりはしなかったけど、将来的には ちゃんと払うように、って言い回し。
ちゃんとバッヂつけて拝みに行って。そうしないと、先祖が救われない。先祖が救われないと、本人も大変なことになる、と……。

…………ありきたりな話だよねぇ。

ある日、一緒に誘われてたクラスメイトの子が、家にバッヂを忘れて半狂乱になってたの見て、完全に冷めた。
面白そう、とか思って、いつまでも関わってたらアカンわ。
そう思って、集会所への誘いをのらりくらりと断って、卒業と同時に完全に縁を切りました。

…………まあ、もしかしたらそこの名簿には、まだ私の名前があるのかもしれませんが。

大きな病気をすることなく、特にお金に困ることもなく。
嫁き遅れてはいるものの(w)、のんびり遊び暮らしてるし。苦労らしい苦労は、特にしたことない。
……未だ、呪われる気配はないです。

むしろ、かつてのクラスメイトや 私を誘った講師が、今 幸せなのかどうか気になりますが。

ま、私の場合は、自分で選んだ宗教じゃなかったから、それじゃ幸せにはなれなかった。
それだけの話ですわ。


私に霊感なんてものは、ひとつもない。
何かが見える訳でもない。
……とはいえ、霊が見えると言われている猫が我が家には二匹もいるにもかかわらず、来客のインターホンや庭の野良猫の唸り声、室内に侵入してきた虫以外のものに反応する様子がないので、我が家には何もいないのだろう。


ただ、偶然で片付けられるような事象なら経験がある。

私の20歳の誕生日の3日後に亡くなった母親。
翌年は、リューマチで ずっと寝たきりだった父方の祖母の癌が発覚し、やがて危篤状態に陥る。それが、父親の誕生日直前。
祖母と近しい田舎の親戚が病院に詰めている中、なんとなく私は『まだ』だと思っていた。
結局、亡くなったのは父親の誕生日の3日後。
二人の母親は、我が子の誕生日を見届けてから亡くなった……んだろうか。
3日後に、って意味も わかんないけどね。

そんな程度の経験。

けれど、自殺の名所で幽霊を見かけるよりは、よっぽど意味のあることなのかも、とは思う。


……とか。
ゆるゆるなスピリチュアルネタの覚え書きでも書いていこうかな、と。

…………多分、所謂 アセンションなんてものには確実に取りこぼされてる人間なんだろーけどさ(笑)

それはそれで、どうでもいいことだ。